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Z。

 なぁ、なんだか変な音が聞こえないか? え、聞こえないって? いやいや、そんなはずはない。ほら、耳を澄ましてみてくれよ。

 ああほら、また聞こえた。『トントン』って音が、かすかに聞こえる。扉の向こう……誰かいる。誰かが俺の部屋をノックしている。

 でも、立ち上がる気にはなれない。

 だって、ここは俺の家だ。嫁が外出中の今、俺以外に誰かいるなんてこと、あり得るはずがない。でも、言い聞かせば言い聞かせるほど、誰かいるような気がする。

 なぁ、本当に聞こえないか? トントン、トントンって音がさ……

 あっ、そうこうしてるうちに聞こえなくなった。やっぱり気のせいだったのかなぁ、あの音。

 ……いや、『違う』。

 俺は、いつの間にか部屋の扉が開いていることに気が付いた。臓物の温度が数十度下がったような気がして、俺の呼吸は荒くなる。

 しかし、扉に目をやってもそこには誰もいなかった。俺はほっと溜息をつき、深呼吸をして自分を落ち着かせた。

 開いた扉から漏れ出る暖かい空気が、段々とこちらに伝わってくる。わざわざ閉めに行く気はおきなかった。

 こういうことは、時々あるんだ。昔、本で読んだことがある。空気が押し出されると、その勢いでちゃんと閉めていなかった扉が開くことがあると。

 だから、ユーレイなどの類ではない。

 あまり胸を張って言えることではないが、俺はユーレイが大嫌いなのだ。そう、これは科学で説明できる。だから、心霊現象ではない……。

 あーあ、びっくりしたせいで汗をかいてしまった。

 俺はエアコンの設定温度を1°C下げると、リビングにあるタオルを取りに行くために重い腰を上げた。開きっぱなしのドアを潜り、階段を下りてリビングに向かう。

 リビングの机の上に並べられているタオルを手に取ると、俺はそそくさと自分の部屋に戻ろうとした。メチャクチャ臆病じゃねぇかと自分で自分をわらい、やがて気が付く。

 ……玄関とリビングを繋ぐ内開きのドアが、開いていた。無論、二階から降りてきた俺が開いたのではない。

 俺ではない誰かが、開いたのだ。俺の脳裏に、とある言葉が浮かぶ。

 ────空気が押し出されると、その勢いでちゃんと閉めていなかった扉が開くことがある────

 それで、俺の部屋の扉は開いた。しかしどうやって、『空気が押し出された』んだ? それこそ内開きのドアが開きでもしない限り、空気が押し出される事は無いはず……

 俺は猛烈な寒気を背中に感じ、ぎこちない動きで後ろを振り返った。

「うぅぅらぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇしぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁー!」  「ヒィィィィィッ!」

 俺はそのショックで眩暈がし、地面に頭を打ち付けて気絶した。

***

 えぇと、そしてこれは後から知ったことなのだが。

 どうやら、俺に対して『うらめしや』と言ったのは俺の嫁だったらしい。帰ったら丁度俺が降りてきていたから、そのついでで脅かしてみたらしい。

 唐突すぎてよく確認できなかったが、特別な化粧もしていない挙句、手にレジ袋を持った状態の『素の』嫁だったらしい。

 ────怖がって床に頭を打ち付けた俺が、馬鹿みたいじゃないか。

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