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C。

神「暇だし、色を一つ増やしてみようかな」

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 ある日、世界に色が一つ増えた。

 神の悪戯によって、全世界に一つ色が追加された。どんな色と聞かれても『こんな色だ』としか答えられないし、それを説明できる人はいない。

 ただ一つ言えるのは、これを受けて人類は震撼したという事だけ。芸術に新たな一色が追加された故、元来の考えだけでは美術を修められなくなった。さらに科学者達はこの色がどうして誕生したのかを必死に究明したが、答えは出なかった。

 世界の根本を揺るがす、大いなるハプニングである。全世界は混乱の渦に飲まれ、一週間たつ頃には美術家の一部が美術から身を引くまでに至った。


 ……しかし、同じ美術を修めんとする者でも俺は違う。

 美大卒業一年前であった俺の目に、これは願ってもないチャンスと映った。まだ誰も極めていない『色』があるならば、俺が極めて世界に名を残すことが出来る。

 俺はいち早くこの事態に順応し、これまでの教科書を捨てて新たな『色』について学び始めた。

 この新たな『色』と言うのは、俺達の生活のいたるところに発現した存在である。例えば鉛筆の黒色がこの色に、小銭の『五十円』もこの色になったりといった具合に、生活の様々な部分を一瞬で侵食した(語弊の無いように言っておくと、この色は『黒』や『素鼠』とは全く似ていない)。

 その色を、芸術的にどう示すか。俺達の感情の何に当てはまるのか。

 俺はこの色を『恐怖』と示した。見ているだけで恐怖を感じれるのは、何故発生したのか分からない未知の色の特権である。

 俺はこれで、作品を作りまくった。独特な世界観と順応性の高さを評価され、俺は日本でトップクラスの芸術家になった。周りも段々慣れてきたようだが、俺の方が早い。

 それからは全て、順風満帆かと思えていた。だが、調子に乗っている時こそ一番危ないという事を、俺は知らなかったのである。

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神「混乱ヤバすぎ……さっき追加した色、消そーっと」

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 色が一つ増えてからおよそ一年後、今度はその増えた色が『消えた』。この新たな色に順応しきっていた俺達は、当然混沌の渦に飲み込まれた。俺は即座に通常の作風に戻ることでこの混乱を回避したが、世間の混乱は尋常では無かった。

 チラシや車のデザインなどが、全て無に帰したのである。そこに掛かった経費、少なく見ても兆は下らない額が泥に消えた。『新色を使った独特な作風』で人気を獲得していた俺も、当然被害がゼロだったわけではない。

 でも、俺は必死で頑張った。この地位を死んでも離さないと心に誓い、何とか地位を維持し続けた。睡眠の一時間と食事の三十分以外の時間は、全て芸術にそそいだといってもいい。

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神「うっわ……これはこれで混乱じゃん。やっぱ戻そー」

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 ……あれから、十年程度経過した。相変わらず色は一年おきに増えては減りを繰り返し続けている。

 俺を含めたこの世のみんなも、どうやらそれに慣れたらしくいちいち騒ぐような真似はしなくなった。俺も一年おきに作風を変えるという前代未聞の方法で対応している。俺が築き上げた地位は水の泡となり、結局は元通りの美術家志望だ。

 住めば都とはよく言ったもので、割とこの生活に馴染んでしまっているから恐ろしい。

 ……もし、この世に神がいるならば俺は「二度と色を増やすな」と断言するだろう。悩んでいても仕方ないから、俺はこの生き方を続けるけれど。

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神「あっれー、案外馴染んでるな……。また一色、増やしてみようかな?」

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