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なぁもし、もしアンタがこれを開いてるんだったら。もう俺は良いから。頼むから、お前のその開発を完成させてくれ。
きっとそれで、俺は報われる。
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「んで、どうすんだ? 宇宙船開発って……」
俺は目の前にいる白い清潔感溢れる服を纏った科学者風な男性(というかモロ科学者)に、そう尋ねた。
『宇宙船開発』とやらの『被検体』としてここに運び込まれた、今日の俺はいわゆるモルモットだ。一日その実験とやらに付き合えば、数百万弾んでくれるらしい。
俺は元々人殺しで後が無かったから、こりゃ願ってもない人生逆転のチャンスだったってワケだ。(あちなみに、これさえこなせば俺は刑務所から釈放される手筈らしい)
「やることは簡単だ。お前にはこの永久保存マシーン──通称『コンパス』の中に入ってもらう」 「こんぱす……?」
俺は即座に方位磁針の事を想像した。科学者はそんな俺を見かねてため息をつき、彼の隣にあった大きな鉄箱をバンバン叩いた。
「これの事だ。この中に人類が入って、宇宙で生活できるようにする」 「なるほど? だから俺にその中に入れってか」
俺はポンと手を叩いた。実際にこの中に入って、ちゃんとヒトが生存できるのかを試す。そう言った目的の為に俺は呼ばれたのか。
「食料は中に沢山あるから、餓死する危険はない」 「餓死って……じゃ俺は一体、どんだけの間鉄箱の中に居なきゃいけないんだ?」
俺は科学者に尋ねた。彼は眼鏡をクイッと整え、「聞いてなかったのか?」と一言。俺は黙って頷き返した。
「一年だ。それで報酬一千万」 「よし乗った」
俺は即答した。檻の中と鉄箱の中、どっちも似たようなモンだろう。檻の中の場合は十五年だから、鉄箱の方がずっとマシだ。
「入れ」
彼は高飛車に俺に命令してきた。刑務所でさんざんこういった態度をとられてきた俺は黙って命令に従い、鉄箱に入る。
鉄箱の中は外見よりずっと広く、俺以外に数名入れそうなぐらいのスペースがあった。清潔感溢れる白い壁と床で、天井には大きなモニターが取り付けられている。
呆気にとられる俺をよそに、バタンと大きな音がした。ハッと後ろを振り返るとそこには、閉まった扉だけがある。
俺は一瞬驚いたが、そうかこれがスタートの合図かと悟って冷静になった。
「どうだい、気分は?」
天井から声が聞こえた。見上げるとそこには、さっきのメガネ科学者の顔がある。
「まぁ、悪くねぇよ」
そこまで言ってから俺は、聞こえよがしに舌打ちした。
「ただ、スタートの合図はもっと丁寧にして欲しかったね」 「こちらも時間が無いのでな。許してくれまえ……とそれより」
彼は飄々とした口調で続ける。
「今から一年間、お前はこの中で過ごしてもらう。中にいる限り腹が減る事は無いから、お前は『生きるだけ』で結構だ」 「なるほど?」 「それから、これからこのモニターはお前の『案内役』の役を担う事になる。日付の確認や外部へのメッセージなどがあれば、タッチして使うがいい。それじゃ」
プツンと音がしたかと思うと、モニターから科学者の顔が消え去り、暗転した。思わず身震いしてしまいそうな沈黙だけが、俺を包んでいる。
この箱の中は薄明るく、お世辞にも過ごしやすい空間とは言えなかった。これでも刑務所で労働を強いられる生活に比べたら、大分マシだが。
「……スタート、だな」
***
──一日目、今日から日記を付けてみることにした。日記の機能はタッチパネルの右下に……っていけねぇ、こんな事書いたってしょうがねぇ。
昨日科学者の話を聞いた時は疑っていたが、なんとこの鉄箱の中では空腹を感じなくなっていた。それどころか常時、俺は満腹感さえ覚えている。食べろという方が苦だ。
この中での生活は楽だ。もうムショなんかに戻りたくないって思えるほどにはな。
それじゃ、今日はこのぐらいにしとくか。
***
──七日目、俺は早速この生活に飽き始めていた。確かにこの生活は楽だが如何せん、何も娯楽が無い。トランプの一つでもあれば良かったんだが、生憎持ち合わせていなかった。
うわさに聞く五億年スイッチってのは、こんな感じかもしれねぇな。この生活では睡眠可能だけ、大なり小なり楽だけど。っていうかそもそも年月がちげぇや。
そう考えると五億年スイッチって、相当大変なんだな。俺だったら気が狂うぜ、絶対。
***
──七十二日目、暇だ。
唯一の暇つぶしがこの日記なもんだから、最近は前よりも文章量が増えてきていると思う。それからタイピングのスピードも速くなってるから、相当増えてるはずだ。
最近俺はずっと、家族の事を考えるようになっていた。それから俺が殺した、相手の事も。
俺には家族がいる。だから家族も、殺人に手を染めた俺の事を大層心配していた。懲役十五年ってなった時にはもう、俺よりも悲しんでたな。「死刑じゃないだけマシだ」って俺、逆に慰めてたっけ。
「死刑じゃないだけマシ」ならさ、俺が殺したヤツは俺よりもっと酷い事になってんだろうな。本人はもう悲しささえ感じれないんだし、家族は自暴自棄になるぐらい悲しんでる。
俺、悪い事しちまったかな。ああ違う、その償いの為に、俺は今ここにいるのか。
俺がこの中で生活する事によって、人類は宇宙へ足を進められる。何人の人が、助けられるんだろうな?
***
──三五十六日目、あと少しだ。最近はもう、何も考えてない。考えるだけムダだって気付いたからだ。だって考えても、涙しか出てこないんだ。
俺に家族を奪われた奴は、この先何年もこんな風に生きていく。今の俺みたいに、ロクに何も考えずに。それがどんだけ虚しいか、俺は分かっちまったんだ。クソ……
ああ、違う違う。また涙が零れちまった。今日はもう、このぐらいにしておくか。
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──話が違う。
***
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なぁもし、もしアンタがこれを開いてるんだったら。もう俺は良いから。頼むから、お前のその『開発』を完成させてくれ。
きっとそれで、俺は報われる。
……あとそれから、これから先のメッセージは無視してくれ。多分、何通も送ってしまうと思うから。
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