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スポーツ選手が陥る罠

大学までスポーツを続けてきた人は、沢山いると思います。大学までやってきた人は、あわよくばその道で、食っていきたいと思ってやってきた人もいると思います。僕もそのうちの1人でした。


スポーツで飯を食う世界というのは、本当にシビアで成績が残せれば生き残れるけれど、残せなければクビになるという世界です。その中でスポーツで食っていっている選手は、僕は尊敬しています。

ただ、大半はなれない人が多いです。その人達に向けて僕は問いたいです。
そうなったとき、あなたに残っているのは何ですか?
もう一つ、あなたからそのスポーツを抜いたら何が残りますか?


これが、日本のスポーツ学生や選手の実態です。
日本は、何か一つのことをやり抜くということに美徳がある国なので、世の中的には、素晴らしいことだと言われれます。しかし、果たしてそうなのか。

そのうちの一つが高校野球。
高校野球は、甲子園という大きな目標のために人は頑張ります。その一生懸命なプレーに人は感動するわけですが、これこそ高校野球の罠だなと思ってます。
ほとんどの指導者が、勝つことだけを考えてやれ、甲子園だけを考えろと指導します。だから、選手は一つのことしか見えなくなり、その目標がなくなった瞬間、何のために生きるのかすらも分からなくなったりします。


この教育は果たして正しいことなのでしょうか。
高校野球というのは、高校生活を野球に注ぐということ、逆に言えば、人の価値としての可能性を狭めているのが高校野球だと僕は思ってます。だって皆んながみんな野球選手を目指していないのに、なれる訳ないのに、プロ野球選手になるための指導しても、それは技術は上がるかも知れませんが、人としての成長と考えたとき幅は狭いと思います。


だからこそ僕は、野球の指導者である人には、その選手を1人の選手として見るのではなく、1人の人間として指導して欲しいと思うのです。
これは、巡り巡って野球の技術を上げることにも繋がると思います。野球の技術向上と人間性は比例すると僕の中では思っているので、この部分こそが大事にされるべきだと思います。


もし、そのような指導者に恵まれなかったとしても、このことにいち早く気付いて行動を起こせる選手になって欲しい、そういう人が増えて欲しいなと思います。

僕の人の価値としての考え方は、
野球 ✖️ ○○という何かがあれば人の価値としてはどんどん上がります。野球✖️政治に興味がある人でもいいでしょうし、野球✖️英語が話せるでもいいです。問題なのはこれが野球だけになってしまうと、野球が無くなったときに何も残らないことです。


教育とは、本来その人の将来のためにあるものです。そのための教育が、人の可能性を奪ってしまっていては本末転倒です。これからスポーツ選手の育成を目指す人や、あるいは学校の先生になりたいと考えている人は、このことを今一度考えていただきたいなと思います。


最後に、僕が今、学生スポーツ選手に呼んで欲しい文章をご紹介します。これは、インスタの広告で、セラミックパワーギアという会社のものです。僕がすごく共感したのでご紹介させていただきます。


自分の力のなさに落ち込むのではなく、成功の可能性は誰にでもあります。プロ野球選手になれなくても、他の道で成功すればいいのです。

僕は、同世代の野球だけではないプロ選手にも、負けたくないと本気で思ってます。そのために、僕はこれからも、勉強し続けようと思います。




それでは?


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