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パラサイトな私の日常 第6話 : 決意の崩壊

 「さっきの店員さんは……友だち?」

 「え? あぁ……。友だちというか、家が隣で幼馴染おさななじみっていうか。お節介な姉? 妹?って感じかな」
 
 「そう……。か・彼女だったりして……?」

 口から心臓が飛び出そうなのに、聞かずにはいられなかった。怖くてたまらず、震える手をもう片方の震える手で押さえる。
 
 「ち・違うよ! そんなんじゃないよ。本当に兄妹みたいな感じで……。加奈かな……、あいつ、加奈っていうんだけど、小学校から一緒でさ。ほら……、悠さん覚えてる? 俺って昔、吃音きつおんがあったでしょ? 昔からそのせいで、まわりからからかわれたり、馬鹿にされたりしてさ。加奈は正義感せいぎかんが強くて、そんな奴らを片っ端からたたきのめしてたっていうか……」

 そう言いながら、侑はクククと思い出し笑いをした。

「そういうわけでさ、頼んでもないのに、いつも俺の周りをうろついては、用心棒ようじんぼうをかって出てたってわけ。だからそんなうるわしい関係とは程遠いよ。……でもまぁ、加奈のお蔭で? ……かどうかはわからないけど吃音も治ったし、家の事とか色々してくれて……すごく感謝してる。本当の家族みたいに思ってる」

 少しぶっきらぼうに照れながら話す侑の言葉は、加奈への愛おしさやいつくしみが痛いほど伝わってきた。侑にとって恋愛対象ではないようだけれど……彼女は特別な人だ。
 
 レモネードとカフェオレが運ばれてくる頃には、ようやく手の震えは止まっていた。

 12年前を思い返すと、同じ空間で、互いが好きなことをして、互いに干渉しない、沈黙さえも心地良い、二人はそんな関係だった。
 それなのに、今の悠にとっては、沈黙が苦しく、が切なく、息がしづらかった。

 『もっともっと』と、何かが悠をかす。いつからこんな風になってしまったのか……。そんな心の変化は、きっと侑にも伝わっていることだろう。
 
 カフェオレボウルがからになった時、悠は今日の一大いちだいミッションを決行する。
 
「あ……あのね、クリスマスイブって何か、予定ある? アイスショーのペアチケットが当たったんだけど……、侑くん、興味ないかなって……」
 
「クリスマスイブ? 予定はないけど……。俺なんかより、彼氏とか友だちとかの方が楽しめるんじゃ……ないの?」
 
「いない、いないっ! いたら、侑くんを誘わないよ! 侑くんと行きたくて……」

 咄嗟とっさに強く反応してしまい、「しまった!」と後悔する。
 
「そっか……。ありがとう……」
 
 そう言った侑の顔は、なぜか複雑な表情で、切なそうに笑っているように見えた。

 その後も、行くとも行かないとも返事をもらえないまま、沈黙が続いた。どうやら悠の誘いは失敗に終わったようだ。
 何がいけなかったのかわからない悠。電話や毎日のLIMEは良くて、二人で出掛けるのは嫌だったのか。
 
「そ・そろそろ、帰らないとね」

 悠が口火くちびを切った。
 さっきの誘いをなかったことにしたかった。時間を巻き戻したかった。今すぐここから離れたかった。

 「自分の分は自分で出すよ」という侑を制して、なるべく明るい雰囲気を作って会計を済ませ、そそくさと解散しようとする悠。
 カフェを出たところで、前を歩いていた侑がふいに悠の方に向き直り、ぶつかりそうになる。
 
「悠さん、ごめん。あの……、勘違いだったらアレなんだけど……。俺、東京の医大を受けるんだ。合格したら、4月から東京に戻る。その……彼女とか作る気ないんだ……。うまく言えないんだけど……悠さんのことは、彼女とかそういうのじゃないんだ……」
 
「あ……うん。……わ・わかってるよぉ! そんなんじゃないよ! 違う違う! 私も違うよ! 九歳も年が違う男子高校生を口説くどくわけないでしょー!」

 大きな声で最後は目一杯、おちゃらけて言った。悠の精一杯の返しだった。
 
「あ、そうなんだ! 俺の勘違い……。自意識過剰か! 恥ずかしぃ。ごめんね! だ・だったら、アイスショー、一緒に行きたい!」
 
「うん、行こうよ! 受験勉強の息抜きも大事でしょう?」
 
 そう答えた後は、「駅まで送る」という侑の言葉を何とかさえぎり、履きなれないヒールの高いパンプスで、足を何度もくじきそうになりながら、ただひたすら無心で、速足はやあしで駅に向かった。
 
 対面から来る通行人が驚いた顔で悠を見る。電車の乗客がチラチラと悠を見る――。

 気が付くといつもの駅ではなく、終点『下河原しもかわはら駅』で降りていた。向かったのはあの公園。相変わらず、誰もいない、侑との思い出の公園。もう顔の判別が難しいくらいに暗くなっていた。
 そのベンチに12年ぶりに座る。そこでやっとはじめて声を出して泣いた。
 
『大人になって、こんなに声を出して泣くことある?』
 
『だったら行く!って何よ! ペアチケットが当たった? 当たるわけないっつーの! 入手困難なやつ、買ったっつーの!』

『大人っぽい私を見て緊張する? って何よ! 普段の私は中学生のままだったんかい! もうわけわかんない……』 

 恥ずかしい。苦しい。
 切ない。辛い。切ない。
 
 悲しい。腹立たしい。
 ……でも好き。


 これまで使ったことのない言葉や、経験したことのない感情が、せきを切ったようにあふれ出す。
 
『あぁ、そっか……、これが青春ってやつなのね?』
 
 興奮した自分と冷静な自分が頭の中でひしめき合い、つぶやいている。

 怒りも悲しみも愛おしさも、色々な感情がごちゃ混ぜになって、落ち着いては怒って、怒っては泣いて……。
 
 それを何度も何度も繰り返していると、最後はなんだかおかしくなって、笑いながら泣いた。

『あーあ、告白する前に
 振られちゃったなぁ――』


☞☞☞ 第7話 加奈と侑 ☞☞☞

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