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犯行動機は、わかりません。

なんで、あんなことしちゃったんだろうなあ。
どうして、あんなこと言ってしまったんだろう。

床についてから今日いちにちを振り返って、眠れぬ夜になってしまうことが多々ある。
次の日の朝には忘れていられることもあるけれど、大抵はモヤモヤを引きずったままになってしまう。
なんで、どうして、なぜ、で始まる反省はするものではない。
なぜなら、必ずといっていいくらい「答え」は出ないものだからだ。

かなりどうでもいい「なんで」を一つ、挙げてみよう。

今日の午後、とても喉が渇いたので自動販売機でお茶を買おうと思った。
私は甘い飲み物が好きではないので、喉が渇いていようといまいと、買うのはいつもお茶か水である。
にもかかわらず、今日、私はなぜか「グレープフルーツジュース」のボタンを押していた。
出てきたものを手に取って、思わず自分に突っ込んだ。
「おいおいおい、なんでジュースなんだよ?!」

もし、「グレープフルーツジュースを買うこと」が犯罪で、しょっ引かれた先で「犯行動機は何だ」と問い詰められたとしても、私には何も説明できない。わかりません、としか言いようがない。

『供述によるとペレイラは・・・』(アントニオ・タブッキ 著 須賀敦子訳 白泉社)の主人公・ペレイラも、終始「なんでかわからない」ことを「供述」させられている。

すばらしい夏の日の午後、なぜか死について考えてしまったペレイラ。
たまたま手にしていた新聞に、死について書かれた卒論を見つけ、なぜかその作者に電話をしてしまう。相手は「死について考えているわけではない」とはっきり答えているにも関わらず、なぜか「作家の死亡記事」を書く仕事を依頼してしまう。(ペレイラは新聞社で文芸欄を担当している)
実際に会った相手、モンテイロ・ロッシ(大学出たばかりの若造)は、むかつくくらい図々しいうえに、ろくな記事を書かない。おまけに政治犯的活動をしているらしい。
関わらない方がいいと思っているのに、なぜか彼に仕事を与え続けたり、匿ったりしてしまう。

『供述によるとペレイラは・・・』というタイトルの通り、すべては「供述」であり、ペレイラに「なぜそんなことをしたのか?」と問い詰める相手(語り手)がいる。しかし、ペレイラの答えはいつも同じ。
「わからない」か「説明できない」。

なんでかわからないけれど、気付いたらそうしていた。
自分の中に、全く違う別の人間が存在しているかのような感覚。

モンテイロ・ロッシという若者に会うたびに、ペレイラの中の混乱は激しさを増していく。それはペレイラを不安にさせ、イラつかせ、窮地に立たせることになるにも関わらず、彼はロッシに会うことをやめない。
なんでだ。なぜだ。
私は読みながら、ペレイラと同じように戸惑い、また語り手と同じようにペレイラを追求したくなる。

物語が進んでいくうちに、ペレイラがモンテイロ・ロッシに拘り続けてしまう理由がなんとなく見えてくる。
似ているのだ、二人は。
といっても今のペレイラとではない。
若き日のペレイラとである。

今のペレイラは、中年で、肥っており、糖尿病を患っている。亡くなった妻の写真とだけ会話をするような、さびしい生活を送っている。
地元の小新聞社に勤めてはいるが、「政治的なニュアンスは一切出さない」のが社の信条だ。
さえない小市民といった感じである。

しかし、昔のペレイラは違った。
そこそこの美男子で、お坊ちゃん大学を卒業し、大手新聞社に入社。その社会部記者として名を馳せたというから、それなりに政治的思想も持っていただろう。

ペレイラの人格を大きく捻じ曲げたもの。それがこの本の背後にある「恐怖政治」の存在だ。
言ってはいけない、やってはいけない。そういう圧制のもとに長年置かれていたペレイラは、いつしか何も言わない、何も行動しない中年おやじになってしまっていた。

モンテイロ・ロッシを前にするとき、ペレイラが感じる「なんでかわからないけれど気になる」は、たぶん、いつの間にか失った「本当の自分」を見るような気がしたからではないだろうか。

学生時代ぼっちだった私は、やはりそういう雰囲気のある学生さんを見ると他人とは思えずに声を掛けたくなってしまう。
と同時に、忘れたい自分の過去を突き付けられたような気もして、逃げてしまいたくもなるのだから、我ながら矛盾している。
このあべこべな感情が、ペレイラの「説明できない」感情に近いように思えてしかたがない。

しかし、人間とはやっかいな生き物だ。
肉体はひとつしかないのに、考えていることはひとつじゃない。
「ジキルとハイド」のように、普段の私とは真逆の人格がこっそり隠れて同居しているかもしれない。
知っている人ひとりひとりに、「私ってどういう人間だと思う?」と尋ねたら、すべて答えが違うかもしれない。

事件が起こるたび、何よりもまず犯行動機を知りたくなる。
なぜそんなことをしたのか。なにが犯人を駆り立てたのか。
だけど、本当は犯人自身にも「わからない」のかもしれない。

ううむ、どうしてこんなに人間って複雑なんだろう。
自分のことですらわからないのだもの、それが他人ならなおさらカオスだ。
この文章も、一体何を書きたくて書き始めたのかわからない。
私は何をしたいのだろう。

ああ、しまった! また変なことを考え始めてしまった。
このままでは今日もまた「眠れぬ夜」になってしまうではないか・・・。

















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最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。