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あぁ、今年も来たのか:0046

なめ潟もくじ:旧名わらしな
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朗読文:ちょっと怪しい特技のエッセイです。


ちょっと怪しい話に聞こえるかもだけど、子どもの頃、風に名前をつけていたことがあります。

いや、のっけからこんな話でごめんね。
でも、あなたも感じたことあるかもしれませんよ。
一年に一度、その季節にだけ吹く風とか、感じた事ありません?
分かりやすいところでいうと、真夏の台風の後とか。あのむわむわした、でっぷり太った空気の塊。いつもの町に吹く風とはまるで違っているじゃないですか。
春なら花のかおりをまとった風、冬なら鋭くて清々しい空気、秋なら寂しくて懐かしい時間の流れ。

おそらく、俺にとっての風って、においと時間と空気とがないまぜになったものが、ぴたっと記憶に当てはまって「ああ、去年もこんな感じだった」と思い出す事なんでしょう。それを俺は風と呼んで、名前をつけて友達みたいに声をかけていた。
「ああ、今年も来たのか。元気そうでなによりだな」
って。


でも、中学校にあがると。まぁ…いわゆる厨二病が発症しちゃって。名前をつけるだけじゃなくて、いろいろ設定を付け加えてファンタジーの物語を考えたり。それだけならよかったんだけどね。
高校にあがると、心がこう駄目な方向にひねくれちゃって。もう風を見ているんじゃなくて、自分が特別な存在だと思い込もうとしたんですね。その頃流行りのすぴりちゅあるにぶかぶか入り込んじゃったり。夢から覚めるのにずいぶん時間がかかりました。恥ずかしいね、こういう話は。

でも、それでも。
この年になっても未だに「あぁ、今年も来たんだな」って、風を感じるんです。
例えば今日。最近は秋が深まってしんしんと冷え込んで来たけど、今日の風はやたら明るくて、去年もそんなやたらごきげんな秋の日があったのを思い出した。

付けた名前は忘れてしまったけれど、きっとその方がいい。
名前なんかなくても、体が覚えている。
やや怪しい、でもおっかない力じゃない。ささやかな特技として残ってくれている。
「また今年も来たね」って勝手知ったるふうに話しかけたり、人目につかないところで片手をひらっと振ったりすると、風にふれた手がじんわり温かかったり。

それくらいのつながりが、たまらなく嬉しい。

厨二病の名残でも、この感覚は忘れたくないなぁ。
勝手に友達だと感じて、一年に一回声をかける。
これだけは、どれだけ歳をとっても覚えていたいものです。

#エッセイ #朗読 #季節   #みんなでつくる秋アルバム #特技

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