「怖くない」が付加価値になる世の中に、私たちは生きている

去年、仲良しの友人が結婚した。

元々は同じ大学のひとつ年上の先輩だった彼女とはもう10年の付き合いだ。仮にAちゃんとしておこう。

彼女を含む大学時代からの仲良しグループは、メンバーは変われどいつも10人前後でホームパーティーをしたり、夏には泊まりで旅行に行ったりしている。

夏のキャンプには、「Aちゃんキャンプ」と名前が付いているくらいだから、10年もの長い間仲良くいられる友人関係の真ん中で彼女がどれだけ大事な役割かお分かりいただけるだろう。

楽しいことを色々と計画してくれる身軽さや、メンバーの誰1人も傷付かないようにいつも密かに心を配っているところ、それを嫌味なくこなしてしまうしなやかさが彼女の素敵なところだとみんな知っている。そして末っ子のように甘えるのが上手なところも。

そのAちゃんと、結婚相手のTくんが出逢ったのも、仲良しグループのメンバーからの紹介だった。

とある集まりでメンバーの1人が連れてきたTくんとAちゃんは、気が付いたらいつの間にか隣にいる様になっていた。

2人が結婚式を挙げる1年ほど前だっただろうか。その日は毎夏恒例のAちゃんキャンプで、夜更かししてお酒を飲みながら、夜中までたわいも無い話をしていた。

こういった場面では必ず誰かが、カップルに惚気話をさせようとするもので、その日のターゲットはAちゃんとTくんカップルだった。
馴れ初め、最初のデートについてなど、照れながら答える2人を見て、みんなでひとしきりヒュー!と盛り上がる楽しい時間。

ひとりが、「じゃあさ、Aちゃんは、Tくんのどこを好きになったの?」と尋ねた。
Aちゃんは、たっぷり5秒以上思案して、こう答えた。
「色々あるけど、1番は出会ったときから今まで一回も"怖くなかった"ところかな」
するとその場にいた女子数人がすかさず声を合わせて「あ〜〜」と納得・共感の嘆息を漏らした。

Aちゃんは続ける。
「無理に距離を縮めてきたり、こちらの意図に沿わないボディタッチをして来たり、明らかに異性として見ていることを押し出してきたり、付き合いたいという欲求を満たすために強引に何かをしたり、そういうのが一切無かった。ただただ優しく穏やかに、私の気持ちを尊重してくれた」と。

女子は「分かる分かる!」「それは好きになるわ!!」「初対面で怖いところがない男の人ってなかなかいないよね〜」と共感の嵐だ。

そう、Tくんはそういう人なのだ。物静かでゆったりとしていて、それでいて朗らか。体格が大きいのに威圧感がないのは、きっと全身から滲み出ている優しい雰囲気のせいだ。

そこで、それまで黙っていた他の男子がおずおずと話し出した。
「俺、今ちょっとびっくりし過ぎて反応出来なかったわ…Aちゃんが好きなった理由に"怖くない"を挙げたこともそうだし、女の子みんな、うんうんって共感してるし…そっか、女の子にとって、男って大抵怖いものなのか…」

他の男の子たちも口々に「実は俺もそう。今カルチャーショック受けてるわ…」「初対面の異性はとりあえず"怖い"って感覚、男にはないよな…」と申し訳無さそうに話し始めた。

「俺らが初対面の女の子見て"顔が好みだな〜"とか、"髪型可愛いな〜"とか呑気に考えてるとき、まず女の子は"この人は怖くないな"とか、そっから考えんといかんってこと?それめちゃくちゃ大変やん…」

「まぁ確かに、男の方が身体も大きいし、力も強いし、それだけで怖いのに、そんなやつにがっついてこられたら逃げ出すよなぁ…」

と、口々に語り出した。

女子にとっては当たり前なそのことについて、なんだか申し訳無さそうに小さくなって、そのカルチャーショックを噛み締める男性陣に、私は、有難いような、羨ましいような、頼りないような、歯痒いような、複雑な気持ちになった。

私たちにとっての困りごとを理解してくれて嬉しい。
今までその困りごとを感じたことがないなんて、羨ましい。
そんな(少なくとも私にとっては)当たり前のことに、気付かないなんて、小さな子供みたいで頼りない。
たまたまそっちの性別に生まれただけで、こんなに体験が変わるなんて、ずるい。なんで、なんで私は。歯痒い、歯痒い、歯痒い。

もちろん全ての男性が怖いわけではないし、怖い女の人もいるし、男性だって恋愛で怖い思いをする人もいる。
怖い人は怖い、怖くない人は怖い、それだけの話だ。

だけど、その場にいる女子は少なくとも男性から怖い方法で恋愛関係を迫られたことがあった。
その場にいた男子は少なくともそのことに驚く程度には、当たり前ではなかった。

Aちゃんが、「怖くない」を、彼を好きなった理由として挙げたことはとても嬉しいことだ。

Tくんの優しさをとても的確に表した言葉だから。Tくんは初対面とか、好きな女の子だからとか、そんなこと関係なく優しい。

そして同時に、その言葉が出たことはなんだか切ない。
女性にとって、どれだけ怖い体験が多いかを表した言葉だから。

「怖くない」ことが付加価値になんてならなければいいのに。
「怖くない?そんなの当たり前じゃん!何言ってんの??」
って笑い飛ばしたい。

現実には私たちは、「怖くない」が付加価値になる世の中に生きている。
だけど、あの夏の夜、カルチャーショックと向き合っていた男の子達の真剣な顔に、私は希望を見出さずにはいられないのだ。

怖くないことが付加価値にならない世界もきっとある。
それが当たり前になればいいな、と。

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