この街の向こうのその向こう【12の話】旅立ち
「お世話さまでした」
会計の受付で申し訳なさそうな素振りで頭を下げていた母は、病院を出るなりあたしを冷ややかな目で見て言った。
「ほんとにいいかげんにしてよ。死にたいなら迷惑かけないように死にな」
わかっている。
生まれてから16年の間、あたしは一度だって望まれていたことなどなかったことを。
それでも、どこかほんの爪先ほどのわずかな瞬間でも、母親があたしを見てくれないだろうかと。
どうして生まれてきたのかも、どうして生きているのかも、もはやどうでもよくなっていた。
家に戻ると母の不機嫌の度合いを現すように、バッターン!と玄関のドアがありったけの力で閉じられた。
「これ以上、お金をかけるようなことはほんとやめろよ」
怒りのぶつけどころに困るのだろう。
台所ではたまっていた食器を力任せに洗う音がし出した。
母が怒りまかせに食器を洗いながらそれが割れることはしょっちゅうあった。
そうするとさらに母はキレて、あたしにそのカケラをやたらに投げてくる。
カケラはあたしにあたって小さな傷になることもあれば、怒りにまかせてつかんだ母の手に血を流させることもあった。
カケラで作られた傷はたいしたことはなかったが、いつの間にかあたしの奥深くに作られた傷はふさがることができないまま、血を流し続けているかのようだった。
母が荒れている原因のひとつは、父…この数年父親的存在だった人が、女をつくってどこかへ行ってしまったことのせいもあった。
その怒りの分まで、あたしにぶつけられてもほんと困る。
子どもは親を選んで生まれてくる、とかいう伝説があるみたいだけど、選べるなら、こんな親選びたくない。
そう思うことを自分に許さなかったら、あたしみたいのは一秒だって生きていけなかっただろう。
(もうムリだ)
あたしはこの1年で貯めていた20万近くのお金と、いくつか着替えをバックに入れると、母が寝たのをみはからって家を出た。
もうすぐ10月も終わろうという時期の夜の風は冷たかった。
コンビニのイートインでしばらく時間をつぶしていた。
この辺は都内と違って、夜中のコンビニは静かだで、淡々と作業をしている店員もあたしが未成年かどうかとか詮索する様子もなかった。
温かい紅茶のペットボトルを口にしながら、あたしは窓の外へ目をやった。窓の外はたまに、車が通りすぎるくらいで何の気配もなかった。
どこへ向かえばいいのかもわからなかったし、なんのあてもなかったけど、それは今までもずっとそうだったから、不安というより投げやりな安心感すら感じた。
コンビニを出ると、歩いて駅に向かった。まだ空は暗いままだったけど、どことなく朝の気配が漂っている。駅に着くと、待合室の椅子に座り始発が動き出すのを待っていた。
※この物語はフィクションです。