救世主ミヤウチ【表】 番外編「スケベウムの乱」
王となったにもかかわらず、不安と恐怖が頭を支配し、私はまるで生きた心地がしない。
なぜ、父はあんなことをしたのだろうか。
なぜ、あの「アイネイアスの財宝」を弟のアムリウスに渡してしまったのか。
......バカなの?
いや、心優しい父のことである。王位につけない弟の心を慮ってのことだろう。だが、突然巨万の富を得た人間が<怪物>と化すことは、往々にしてあることだ。
そして、その悪い予感は的中した。
数日前、弟が金で兵士を雇いまくっているという噂を、耳にしたのである。
間違いない。
弟は、武力で私から王位を剥奪する気だ———。
「もう!! 勘弁してよ!!!」
無意識に発した自分の声に驚き、私は勢いよく上体を起こした。
......はあはあはあ。
全身の毛穴から噴き出した大量の汗が、厚手の寝間着を湿らせている。
「ヌミトル様! 」
寝床から出て水を飲んでいると、私の叫び声を聞いた衛兵が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「どうなさいましたか?」
「いや、ちょっとな……」
「また、考え事を?」
「ああ」
「シルウィア様をお呼びいたしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。娘に心配はかけたくない」
「考え事とは…アムリウス様のことですか?」
「まあ、な」
「考えすぎですよ。アムリウス様はヌミトル様を尊敬しております。謀反するなど、あり得ません」
「スケベウム」
「はい、なんでしょう?」
「この世に『あり得ない』ことなどないのだよ。それは、あり得ない」
「…えっと……あり得ないことなど、ない。それが、あり得ない…と?」スケベウムは私の言葉を反芻した。
「ん、ちょっと待ってください整理します。あり得ないことが、ない。それが、あり得ない。えっとつまり」
「そんなことことはどうだっていい!!」
声を荒げた直後、罪悪感が込み上げた。最も信頼している男を、感情に任せて怒鳴り散らすとは...。やはり、今の私は精神が病んでいるようだ。
「すまん。そんなことより、例の件は考えてくれたか?」
「例の件?」
「娘のことだ」
「あ、え、ええ」
一呼吸置いて、様子を窺った。だが、彼は口籠もり、次の言葉を発しない。目を泳がせ、明らかに動揺している。
「どうなんだ。王である私が命令を下してもいいのだが、できることならそれは避けたい。私は、君の考えを尊重したいのだよスケベウム」
「ヌミトル様、ありがとうございます。誰もが存じているように、シルウィア様は身も心も美しい女性です。オッパイも大きい。なんなら、私のドタイプといっても過言ではありません」
うむ、と私は深く頷く。そして彼は少し間を取ると、私を見据えてはっきりと言った。
「ですが、結婚はできません」
「な、なぜだ、なぜだスケベウム」
「私には、荷が重すぎます」
「そんなことはない。私はお前を見込んで———」
「申し訳ありません!!!」
「スケベウム……」
予想外だった。彼なら間違いなく娘との結婚を承諾してくれる。私はそう確信していたが、早計だったようだ。ダメか、と落胆した時、「ですが」とスケベウムの口が小さく動いた。
「なんだ? どうした?」
「シルウィア様と…その…にく、にく......」
「なんだ、ごにょごにょ言ってないで、はっきり言いたまえ。怒らないから」
「せ……えっと、その、肉体関———」
「スケベウム!!!!!!!」
「はっはい! 大変申し訳ございません!!!」
「この音はなんだ?」
「……この音?」
「この地鳴りのような...... 大勢の武装集団が行進しているかのような......足音だ」
瞬間、私は猛ダッシュで寝床に戻り、全身を毛布で覆い、うずくまり、身を隠した。
「はて、なんでしょう。日の出前の真夜中に、羊飼いたちが行動するはずもありませんし……」
その時、王室のドアが勢いよく開いた。武装した男たちがずかずかと室内に雪崩れ込んでくる。
「アルバ王ヌミトル!! アムリウス様からお話がある!!」
「な、なんだお前たちは! ぬ、ヌミトル様は、外出中だ!」スケベウムが答えた。それを聞いた私は、小さく口笛を吹く。
さすが、私が認めた男だ。機転が効くぅ。
「どこに行った。答えろ」
「知るかよ。王は昨日から便秘気味だ。森にウンコでもしに行ったのでは?」
「なに! それは本当か?」
「こんなに長い間寝床に戻って来ないんだ。間違いないだろうな」
「よし! 全員、森を詮索しろ! 臭いでわかる! 必ず捕まえるんだ!」
安堵の息を吐こうとした時、「ちょっと待て」と集団の後方から声がした。「お前、名はなんという?」そう言った男は荒々しい足音を立てながら、部屋に入ってくる。間違いない。弟のアムリウスだ。
「これはこれは、アムリウス様。私はスケベウムと申します」
「ああ、兄貴のお気にか。スケベウム、兄貴はどこだ」
「で、でですから、森でウンコをしていると……」
「スケベウム」
「はっ!」
「これを受け取ってくれ」
「こ、これは……」
突如、室内が静寂に包まれた。アムリウスがスケベウムの耳元で何かを囁いているようだ。
「(『アイネイアスの財宝』の一部だ。これがあれば、毎晩娼婦と楽しむことができるぞ)」
「な、何をおっしゃいますか!! 私はそんな所に行ったことなどありません!!」スケベウムが嬉々とした声をあげた。
「スケベウム、もう一度聞く。兄貴はどこだ」
再び、辺りが静まり返った。この場にいる全員が黙り、息を止めているのが厚手の毛布越しにも伝わってくる。
まさか、スケベウムが……裏切った? いや、まさか......それは、それはあり得ない!!
その時、私の体に強い衝撃が走った———。
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