【読んでみましたアジア本】自由とは、選択とは、そして社会とは、を問う/周保松・著『星の王子さまの気づき』

世界中に『星の王子さま』の読者はたくさんいるし、日本でもこの本が出版されればきっと受け入れられるはず――と言い続けていた、周保松さんの念願がやっとかなった一冊。

周さんについては、わたしはこれまで数回、彼のインタビューや彼が主催してきた講座のゲストの言葉(梁文道さん「立場姐姐」何桂藍さん)をご紹介したことがあるので、「ぶんぶくちゃいな」の読者なら多少記憶に残っているはずだ。

香港のトップ大学の一つ、香港中文大学政治行政学部で哲学者として教鞭をとるかたわらで、学外でも若者たちの「学びの場」を無償で提供してきた。前述の講座は2014年に雨傘運動が失敗に終わった後、無力感のどん底から社会への怒りばかりを増幅させつつあった若者に、多角的に「我われが暮らす社会とは?」を知らしめる意味で、多くの経験豊かな講師たちが無償で講義を行うという形をとった。

若者は皮膚感覚や視覚から得るものには敏感だが、その皮膚感覚がどうして起きたのか、あるいはなぜ皮膚がそれに反応するのか、そしてさらにはなぜそのことが起きたのかについての歴史的、深い知識からの分析力が弱い。それは、決して若者が「バカ」だからではなく、年長者に比べて経験を経てきていないからだ。我われが経験で身につけたそれを、それを経験していない若い彼らは知識で補うしかないからだ。そんな彼らに周さんは、経験豊かな大人の立場から一足飛びに大人の経験と知識に直接触れることができる場を設けたのである。それがどんなものであるかは、前述の記事を読んでいただきたい。

だが、毎月1回、ある小さなカフェで開かれてきたそんな人文講座は2019年以来、ストップしたままだ。一時はオンラインでの開催も試みたようだが、物理的に人が集まることよりも、そんな経験や知識を公に向けて語ることへのリスクが高まった今、残念ながら講座再開の予定はない。

同様に、毎年夏休みに必ず開かれ、大盛況だった香港ブックフェアも今年は緊張感に包まれている。これまでのように、それぞれの出版社がそれぞれの意図で、それぞれの自信作を堂々と並べて、読者の到来を待つ場ではなくなってしまい、皆が戦々恐々と出店準備を進めている。

この『星の王子さまの気づき』の大ヒット以来、ベストセラー作家となった周さんもまた2019年までずっとこのブックフェアに合わせて新作を発表してきたが、今年はその動きもないようだ。

1年前、いやわずか1ヶ月前と比べても驚くべき規制が進む香港。それを思うと、香港にかかわる誰もが重苦しい気分に沈み込んでしまう。このタイミングで周さんが心待ちにしていた日本語版が出版されたことの意味をぜひ見出して欲しい。

●「なぜ星の王子さまなの?」


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