【ぶんぶくちゃいな】周保松・香港中文大学教授「いまは、何をもって香港人と呼ぶのかを考えるべきときだ」

6月初め、正確に言えば、天安門事件記念日の6月4日当日、香港で周保松・香港中文大学教授と面談することができた。周教授は2014年に世界中の目を香港に集めた雨傘運動で、学生に理論的、精神的支援を送り続けた。そして最終的に運動が警察によって強制的に路上から排除されるとき、道路に座り込んで学生たちとともに逮捕される道を選んだ。

現在は、大学での授業のかたわら、メディア、オンラインを通じて政治に対する思考や哲学的アプローチに関する情報を香港のみならず、台湾、中国に向けて発信し続けている。

雨傘運動以降、中国の政治的な囲い込みがますます明白になってきた香港。しかし、その香港の中でもさまざまな意見が対立、香港人同士、あるいは香港に合法的に移り住んだ外来者も含めたこぜりあいがことあるごとに起こっている。その様子は時として、香港が「集団ヒステリー」に陥っているかのようだ。

香港の地におりたっても、イライラとした情緒を身をもって感じる。そんな香港において、周教授は香港のいま、そして今後、さらには彼が見つめ続ける若者たちをどう見ているのか。お話をうかがってみた。最初は、わたしがずっと気になっている、香港における「新移民」――中国からの移住者について話を切り出した。

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――中国政府との政治的な対立とは別に、香港には中国からの移民、いわゆる「新移民」が昔からいますよね。周さんもかつて広東省から移住なさったそうですが、中国への嫌悪感がますます激しくなっているとき、そんな新移民を香港はどう受けとめているのかが気になっています。

周保松(以下、周):わたしたちが一般によくいうところの「新移民」とは、主に合法的に香港で暮らす家族とともに生活することを目的に移住してくる人たちを指すことが多く、1日あたり150人にその権利が与えられます。この数は主権返還以前から変わっていません。ざっと計算すると1年で5万人ほどいることになります。

その他に、近年では中国から香港の大学や大学院に進学する人が増え続けています。香港政府は彼らに卒業後に香港で仕事を探すため2年間の猶予ビザを与えており、もしそのまま香港で雇用されれば彼らは香港に住み続けることができ、7年後には香港人になれるのです。

この人数は増え続けています。わたしが教える中文大学だけでも中国から年間1000人程度の新入生を迎えています。

さらに3つ目のグループがいます。中国で言われる「海亀」(訳注:ハイグイ。「海帰」と同音で海外からのUターン者を指す)です。アメリカやイギリスなどに留学した後に、中国に戻らず香港で働く人たちです。

後者2つのグループは正式には「新移民」とはいえません。中国的な言い方をもじって「港漂」(訳注:ガンピャオ。香港に出自や家庭を持たず、漂流する人たち、の意。)と呼んでいます。

長い間、身につけているスキルの不足から香港人がやらないような底層の仕事を担ってきた「新移民」は香港人の働き口を奪う脅威ではなく、香港社会を支える大事な一員でした。

しかし、「港漂」と呼ばれる人たち、たとえば香港中文大学を卒業した中国からの留学生は香港の銀行や投資会社などでエリート層として働いています。

それが香港の若者たちに大きな影響を与えています。「海亀」にしても、中国からの留学生にしても、中国でトップの成績を収めた学生たちです。セントラル(訳注:香港の経済中心地。多くの銀行や金融、証券機関の本社がある)にある企業の多くはすでに香港の学生ではなく、そうした「港漂」を雇用するようになってしまった。

香港人はたとえ仕事が見つかったとしても、給料は頭打ちのまま。というのも、仕事を求める人が常に流れ込んでいるからです。

●香港人はアイデンティティ・クライシスを体験したことがなかった

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