【ぶんぶくちゃいな】南北朝鮮首脳会談に見る「進化した」中国

世界の目をいろいろな意味で釘付けにした、南北朝鮮首脳会談から10日ほど経った。こんなに早く、板門店で南北首脳が手をつないで満面の笑みをたたえて38度線を越えてカメラに向かって歩く姿を見ることができようとは、1年前とは言わず、わずか2カ月前でも多くの人たちが想像もしていなかったことだろう。

そしてその後、アメリカと北朝鮮の首脳会談についての具体的な動向が毎日ニュースに流れており、事態は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長(以下、委員長)にとって理想的な流れを見せている。

日本のメディアを眺めていると、それに臍を噛むような論調やコメントが並ぶ。だが、わたしは、たとえ今後の進展が不明朗であれ、ここでやっかみを述べる必要はないと思う。家族が引き離された朝鮮半島の歴史を思えば、南北朝鮮の政府対話の開始は、なにはともあれ喜ばしいことだからだ。

長く離れ離れになっていた肉親同士が握手したことを罵る無粋な人たちの心はある意味、彼ら自身が常に突きつけている「拉致被害者家族」の気持ちすらも蔑ろにしていることになるからだ。強権によって引き裂かれた家族への思いは第三者が否定するようなものではないはずなのに。

とはいえ、隣国として深く関わってきた(つもりの)日本は、明らかにその存在感のなさを露呈した。そのことを「悔しい」と思う気持ちはわからんでもないが、そうなってしまった理由は明らかに日本国内にある。

わたしは朝鮮半島問題にはそれほど明るくない。だが、わたしが村上龍氏が主催していた「Japan Mail Media」(JMM)で連載を始めたきっかけは、中国で始まった「六カ国協議」を日本メディア報道の外から眺めたレポートだった。

同協議について日本に向けて流される報道はどのメディアを読んでも金太郎飴のようにひたすら拉致事件解決が中心だったが、中国語や英語で流れる報道を読んでも、拉致事件に議場の時間が割かれているようにはまったく思えなかったことを記事にした。

その後、同協議が開かれなくなってからその理由の一つが、日本代表が拉致事件にこだわり過ぎ、「朝鮮半島の核問題」がテーマの話し合いに水を差し続けたことだったと指摘する外事報道を読み、さもありなん、と思わざるを得なかった。だが、そのこと自体をきちんと日本国内に伝えたマスメディアはほとんどない。

協議開催当時、日本メディアは協議の後に日本政府が日本報道団に向けて開くブリーフィングをもとに記事を書いていた。政府は国内世論を意識して拉致事件ばかりを話題にし、それに応じるように記者たちも拉致事件関連の質問ばかりを(日本政府に向けて)して報道した——本当はそれは議場ではほとんど話し合われていなかったのに。

そんな「日本」だけが主語になった一方的な報道を読み続ければ、誰だって日本政府が大きな役割を演じていると思うだろう。日本人は協議の場ではずっと、拉致事件解決に向けて話し合いが進められていると思いこまされ、挙げ句の果てはあの六カ国協議が北朝鮮の非核化を話し合うために設けられた場だといまだに知らない人もたくさんいる。

だが、どうだ。金正恩委員長は今、「朝鮮半島の非核化」を宣言し、南北朝鮮首脳は手を握ったものの、拉致被害者解放の話はあれからなにも進んでいない。ただ一つ救いなのは、日本よりも多くの自国人が拉致されている韓国と北朝鮮の往来が視野に入ってきたことで、連れ去られた韓国人が解放されれば、同時に日本人の被害者も解放されるのではないか、という希望がわずかに生まれたことだ。

南北首脳会談後に韓国政府関係者が「拉致被害についても話をした」と語ったことに日本政府は小躍りしているが、忘れてはならないのは、韓国から拉致された、あるいは離散した家族の数のほうがずっと多いということだ。

そのことに触れずに、今でもまるで日本政府の要求が通じたかのように発表する政府には不信感しかないし、またそこにきちんと切り込もうとしないマスメディアの不甲斐なさには呆れるしかない。

そして、韓国では金委員長に信頼を感じている人の割合が約80%と、会談前から大きく伸びている。そのことを苦々しく思っている日本人も多い。

だが、存在感ゼロの日本が地団駄を踏んでも仕方がない。冒頭に書いたとおり、事態は間違いなく金正恩が描いたシナリオどおり展開しているのだから。

それにしても金正恩という人物は、まったく不可思議な人物である。

●「金正恩のIQをバカにするなかれ」

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