【ぶんぶくちゃいな】新華社の「謝罪しろ、感謝しろ」に見る中国戦時ロジック

ニュースクリップでもご紹介したが、中国の国有通信社、新華社が「はっきりと胸を張って言う 世界は中国に感謝すべきだ」という記事を掲載した。

この記事はもともと新華社内部で書かれたものではなく、SNS「WeChat」で利用者が自由に登録して記事を配信する「公衆アカウント」の一つが発表したもの。「黄氏の金融話」というそのアカウントは深セン市に拠点を持つ、投資相談や投資テク講座を展開する私企業が主宰しているらしい。同社と新華社がどういう関係にあってその記事が新華社で配信されたのかは謎だが、文字通り「新華社からお墨付きをもらった」ことで黄氏のビジネスは今後明るいはずだ。

念のために書き添えると、「黄氏の金融話」アカウントで配信されたときのオリジナルタイトルは「胸を張って言う、アメリカは中国に対する謝罪の借りがある 世界は中国に感謝の言葉の借りがある」だった。それを新華社はさらりと「世界は中国に感謝すべき」という押し付けがましい言葉に書き換えた。もちろん、それは一個人や一団体が自分の公衆アカウントで発信するレベルなら「勝手に言ってろ」の世界だし、実際に似たような上目線の書き込みは中国のネットのあちこちに転がっている。だが、ここで新華社がこの記事を拾い上げたことでその意味が、書き換えられたタイトル以上に大きく変化したことになる。

わたしのWeChatでこの新華社記事をシェアしていたメディア関係者たちは、「本当に胸張って言ってんな、おい」「ウマシカごっちゃまぜにして、権力範囲内に対しては威勢よく聞こえるだろうが、権力が及ばない範囲ではただのジョークでしかない」などと酷評した。その「笑」撃力は巨大であり、もちろん香港や台湾のメディアもこぞってこの論評を転載し、現地の人たちの呆れ声がネットにこだました。

個人のつぶやきならばまだしも、中国を代表する国有通信社が、中国から始まった新型コロナウイルスの感染が拡大して不安が広がりつつあるアメリカ(及び世界)に対してこんなことを言い放てる神経には第三者はもう笑うしかないレベルだ。

世の中にはわざと、「中国は世界に対して謝罪の借りがある」と煽る声がある。これはむちゃくちゃな道理だ。中国は新型肺炎の感染状況と闘うために巨大な犠牲を払い、巨大な経済コストを支払い、新型コロナウイルスの伝染ルートを断ち切った。今回の新型肺炎感染事情でこれほど大きな犠牲とコストを払った国はほかにはない。

これは確かに国内に向けては「犠牲者を英雄視する」効果を生む。身近に、あるいは身近でなくても新型肺炎で亡くなった3000人もの人たち、そしてこれまでに感染が確定した8万人を超える人たち、そして都市封鎖で不便を囲った武漢市、湖北省、さらには浙江省など多くの人たちのつらい思いが「昇華」されたかのようでもある。だが、その一方ですでに韓国でも中国を超える死者を出している。初期通告が遅れた結果、大量の人がそうとは知らずに武漢から春節の旅に出て、かんせんが広がったことを思うと、中国人だけが「犠牲者」ではない。

そこをすっぱりと国境線で切り捨て、世界に感謝や謝罪を求める様子は、日本から送られた支援物資の箱に書かれていた「山川異域 風月同天」(違う土地に暮らしていても、見ている月は同じもの=同じ日々を過ごしている)という漢詩の一節を取り上げて、さんざん「日中は歴史の文化はつながっている」などと喜んでいた時とは180度違う姿勢だ。

まぁ、新華社が風流を読めないことはわかった。一貫性がないことはわかった(ずっとわかってたけど)。だが、新華社が振り回すこの「犠牲」という言葉には、大変な寓意がある。

●「犠牲」のロジック

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