【ぶんぶくちゃいな】「ロックダウン下の灯火」作家方方の武漢日記

来週の4月8日、新型コロナウイルスの感染拡大がきっかけとなった湖北省武漢市の封鎖がようやく解かれることになった。1月23日午前10時に外部との往来をシャットダウンされて以来、なんと77日ぶりの「開城」である。

この間、突然の前代未聞の都市封鎖、そして正体不明のウイルス感染という二重三重の恐怖の中、徹底的な不便を強いられた市民は、それでも大きな混乱を起こさず、怒りを爆発させることもなく、この日を乗り切った。どうみても当事者にとって大変理不尽な形で進められたこの政策に、みなが協力し、できる限りの生活を送り続けた。そのことに対しては、ただひたすら驚くしかない。

そんな生活をこれほど長く過ごせた理由はさまざまであろう。地方の中堅都市で、知的判断力の高い中産階級が多かったこと。また、実際にこれまでにも別の記事で触れてきたが、彼らの団結力。そして、今ロックダウンの不安が語られている日本が足元にも及ばない点として、高度な電子商取引(つまりオンラインショッピングやサービス)の習慣がかなりの割合で根付いていたこと。

実際には封鎖された武漢では、人の行き来や交通の往来も規制されており、日常のようなオンライン配達サービスを受けることはできなかったが、それでも「阿里巴巴 Alibaba」(以下、アリババ)や「京東 JD.com」(以下、JDコム)などのECサイトサービスは最大限の柔軟な運営体制を取り入れた。また、「ネットで注文、ネットで支払い、受け取るだけ」のようなリモートな生活習慣に慣れていた人びとは、封鎖中に機能しなくなった日頃のサービスの代替を自ら編み出し、活用したりもした。

個人的に感慨深いのが、見知らぬ人同士のネットを媒介にした協力体制がすぐにあちこちで出来上がったことだった。出勤の足を失った医療関係者の交通代行サービスや、感染患者以外の病人の搬送、また自宅治療中の人たちの必要物資の配送など、多くの善意のボランティアが自主的に、また自然に集まったことは驚きに耐えない。一つは中国の人たちの中で、ネットでつながる世界への信頼感が日本人より高いこと、またボランティア活動が彼らにとって我われの想像以上に身近にあることには留意しておきたい。

もちろん、そこには2008年の四川大地震などの経験が背景になっているのだが、ならば2011年に3.11を経験した日本人に同じ行動力を期待できるのか、そのことも考えてほしい。

さて、今週はそうした中で、身動きが取れなかった中国人、特に武漢人の心に灯火をともし続けた作家、方方さんの60日間の「都市封鎖」日記から一部だけ抜粋して並べてご覧に入れたい。

方方さんは1955年生まれの女性小説家で、2007年から2018年まで湖北省作家協会の主席を務めた人物である。1966年に始まった文化大革命に思春期を過ごした。今は兄3人のうち2人も武漢市に暮らしており、日記にもたびたび兄からの情報や、離れて暮らす娘からの情報が織り込まれている。

1月25日の春節初日(都市封鎖はその2日前の23日に始まった)から、3月24日まで続いた日記には、淡々と自分の生活の一部や目にしたこと、聞いたことが綴られている。最初は静かに自分がおかれた状態や客観的な情報をまとめていた日記が、だんだん、日記が注目されてから受けた左派からの批判や、武漢でなぜ感染が爆発的に広まったのか、そして当初情報が公開されていなかったのか、についての考察が進むようになり、多くの読者を惹きつけた。

日記の一部に書かれているが、彼女は自分の日記を、かねてから読んでいたSNS「微信 WeChat」(以下、WeChat)上の公衆アカウントの主に連載してほしいと頼み、その連載が始まった。それほど知られていたわけではなかったそのアカウントは、次第にフォロワーが増えて、爆発的に注目された。その結果、ネット管理の「琴線」に触れてなんどか、記事の削除、アカウントの閉鎖が繰り返され、そのたびごとに新しいアカウントが解説されて、リレー形式で人びとに通知されて読まれ続けた。

その後、新型コロナウイルス報道で最も切り込んだ報道を続けている経済メディア「財新網」でも全文が公開されるようになり、さらに読者を広げていった。

彼女のこの日記は、元作家協会主席という政府系バックグラウンドの一方で、SNS「微博 Weibo(以下、ウェイボ)のアカウントがなんどかその発言が削除されたり、書き込みができなくなったりという体験を繰り返したことも含めてさまざまな話題に上がった。わたしも当初、個人的には「元作家協会主席」が大きな力を発揮していると思っていたが、読んでみるとそれにもまして日記には簡潔でしっかりとした言葉の強さがあった。だからこそ、今回の政府の措置に非難の声を浴びせているジャーナリストたちの支持も得た。彼女の日記に励まされ、慰められた人は少なくない。

日記は以下、日付ごとにほぼ1段落を抜き出した。もちろん、原文はもっともっとさまざまな話題が取り上げられているが、今、「ロックダウン」(都市封鎖)という言葉が頭をかすめているわたしたちが一度目に通してみたい。なお、日記はちょうど日付が変わる前後にアップされており、日付が前後していることがある。ここに付けた日付はアップ日ではなく、「その日の日記」である。また、途中日付が抜けているのは、当方の編集の結果であることをご了承いただきたい。

●不安な日々が始まった

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