【ぶんぶくちゃいな】作家金庸氏逝去:「武侠」の意味を振り返る
10月30日、武侠作家の金庸氏が亡くなり、中国のSNSはあっという間に、「金庸作品の思い出」で埋め尽くされた。
武侠小説とは、満州族が朝廷を握っていた清朝を背景に「武」(武術、主に剣術)と「侠」(仁義)を頼りに、いわゆる素浪人として生きる漢人たちを主人公に描かれる。日本の場合、浪人でも主君に尽くす体制の中にあるが、武侠小説の主人公には主君はいない。彼らが生きるのは武術の師弟及び兄弟関係を中心にした社会で、そこでの人間の仁義や愛憎、国(朝廷ではない)への忠誠を巡る人間模様や生き様が小説の筋になっている。
金庸氏は1950年代半ばから香港の新聞で小説を連載、それらをまとめて15本の作品がある。そのうち、『射雕英雄伝』と『神雕侠侶』のように前作のカップルから生まれた子供の時代が後作で語られるなど、金庸作品全体に折に触れて登場する同一人物も多く、作品群を縦横につなぐストーリーもまた「金庸ワールド」の面白さを形成している。
また、金庸作品を原作としたり、その一部を脚色した映画が香港を中心に約40本製作され、テレビドラマに至っては香港だけではなく、台湾や中国、シンガポールまで含めて60本以上作られ放送されており、どれも大人気を博してきた。20世紀の香港人大物俳優で金庸作品に出演したことのない人を探すのが難しいほどだ。
さらに昨今では金庸作品を思わせるようなコンピューターゲームも少なくないし、ゲームアイコンや人物のモデルなどにも金庸作品からヒントを得たとみられる点が普通に存在する。今や中華コンテンツの源流となっている。
もちろん、武侠小説自体は金庸の他にも著名作家はおり、また古龍、梁羽生といった金庸とともに三大現代武侠小説家と呼ばれる作家の作品も人気なのだが、それでも現代中国人エンタメ世界における「時代小説」としての金庸作品の人気は圧倒的だ。
中国のトップIT企業として知られるアリババグループを率いるジャック・マー会長も金庸小説の大ファンとして知られており、アリババ社員は全員、同氏の小説の登場人物にちなんだニックネームを付けることになっている。
マー会長自身は「風清揚」、張勇副会長は「逍遙子」というニックネームで呼ばれ、マー会長のオフィスは「桃花島」、会議室は「光明頂」、トイレは「聴雨軒」と名付けられている。昨年10月に設立された技術研究所の「達摩院」の名前もまた金庸作品からの命名である。
もともと20人あまりの規模だった頃から始まったこの「金庸作品ニックネーム制度」は、8万人のスタッフを抱えるようになった今も続けられており、社内ではみなそのニックネームで呼び合うことになっているというのだから、その熱意たるやすごいものがある(そしてそれに不満が出てこないという点にも、金庸作品の人気ぶりがうかがえる)。
そのマー会長は金庸死去にあたり、SNS「微博 Weibo」(以下、ウェイボ)で、当時すでに80歳を超えていた金庸本人と面談したときの思い出を語り、「(金庸)先生がいなければ、アリババもあったかどうかわからない」と追悼した。
●民国のインテリ家庭から香港の新聞創設者に
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