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NPの猪瀬さん暴露記事に関する私見

NewsPicks(以下、NP)の猪瀬直樹さん暴露記事がいろいろなコメントを巻き起こしているようなので、ここにわたしが考えたことをまとめておきます。

念のためですが、わたしはただの中国関連のライターで、ジャーナリズムとかニュース報道の学位をとったこともなく、マスメディアに所属したこともない「たかが」野良犬です。野良犬が世の中をぶらぶらしながら学んだことと照らしての感想なので、適当に読み飛ばしてください。

●猪瀬さんの言葉を記事にしたのは正しい:これまで語られていなかったことが日の目を見た、その価値は否定しようがないでしょう。特に記事のきっかけになったのが小池さんの出馬関連記事へのNPコメントなので、NP編集部が動いて記事にしたのは当然すぎるほど当然のこと。それが責められることはない。

●読者からの「反論の掲載」要求:猪瀬さんはこうした読者のコメントに怒りにも似た「反論」をぶつけているが、反論になっていない。理性的に理解したいと考える読者であるならばメディアに対する当然の要求。そしてその要求は猪瀬さんではなく編集部に求められていることは理解すべき。読者の「知る権利」は猪瀬さん側の事情だけではなく、相手側の事情を含めた「全体の概要を知ること」にも適用されるはずのものだから。ただ、「新聞系は及び腰」という猪瀬さんの指摘は今後証明されていくはずなので、読者はきちんと記憶にとどめて観察を続けるべき。

●雑な記事、原因は編集がザル過ぎること:編集部は反響の大きさに小躍りして喜んだだろう。記事製作者の喜びを責められないが、記事の「質」自体は前述したようにNPという「場」の利を利用しただけであまり褒められたものではない。特に編集長自らが乗り込んだインタビューにしては子供の使いレベル。相手への斬り込みもなく、反問もなく、ただひたすら猪瀬さんの恨み節を押し頂いて帰ってきて書き起こしただけ。首相のぶら下がりメモよりもひどい。編集長が出かけていったのは立場が立場の人だし、それなりの「暴露」が期待されたからだろうが、結局その「知名度」「暴露」におんぶにだっこした記事になっている。だから上記のように理性的に物事を理解したい読者から「反論を聞きたい」というコメントが並んだ。

ここからは完全に付け足しです。

インタビューの極意は、「相手にいかに斬り込むか」にある。相手にしゃべらせることはもちろん前提だが、その相手は自分の理論に酔いやすいという性質がある。それをそのまんま垂れ流すのはブログや個人メディアならともかく、社会的地位のある(あるいは少なくともそれを目指している)メディアとしていかがなものか。

インタビューといえば、田原総一朗さん(皮肉なことに今NPの有料ページで連載中)や池上彰さんのインタビューがなぜおもしろく、なぜ情報として高い価値をもつのか。それは立て板に水のように喋る相手の流れを遮るように、「でも〜」「なぜ〜?」と斬り込むからです。そこには、「普通の庶民の知識からの疑問」が代弁されていたり、相手の作ったストーリー(戦略)を一旦かき回すことで「理性」を呼び戻すしかけがある。

例えば、先日参議院議員に当選した今井絵理子さんの回答を引き出した、池上さんの「沖縄基地問題」についての質問。非常に単純だが、重要な質問のはずなのに選挙期間中は誰も面と向かって質問してこなかった。後の祭りとなったが、その回答が驚くべきものだったことは周知の通り。視聴者が一番知りたい疑問をストレートに訊く。それが池上さんの強みです。

田原さんは時に観る者すらヒヤッとする、きっつーい質問を相手に投げますね。それは田原さん個人が相手を攻撃しているわけではないが、そう取る人は少なくない。だが、その手法で田原さんは相手に反論する立場から質問を投げかけ、どんな答が返ってくるかを「検証」してくれる。質問に怒ったら負け。あの気迫には誰もが圧倒される。一方的に見せられる出来事に対して、敢えて真っ向から対立する側に立って質問することで、そこで語られることへの検証が可能になる。そうして「事実」あるいはそれに近いものを視聴者に提供する。それが彼に対する世の中の評価になって現れているわけです。

こうしたインタビューをやるには、事前の準備や訓練が欠かせません。そこにある程度観る者を納得させるだけの社会的認知と常識の裏打ちが必要になる。反証の立場に立つことは揺るぎない知識が必要になる。池上さんは大変柔らかい口調だが、それでもやはり知識と経験に裏打ちされているからこそ、「ここぞ」の質問を相手にぶつけることができる。経験の浅い人ならばスルーしてしまうような単純な質問を敢えてするというのも非常に大事なスキルなのです。

過去の詳細な知識をきちんと頭に入れて、インタビュー相手のお仲間としてではなく、インタビューをしながらその発言の検証をする。それがインタビューをする方にも読む方にとっても醍醐味であり、編集長レベルの人が出て行くならそれくらいのスキルは期待されて当然ですよね。

猪瀬さん記事はそれがまったくなかった。前述したとおり、編集長が出て行ったのは猪瀬さんという社会的地位にある人に対する、編集部側の「リスペクト」だったのでしょう。だが、その「リスペクト」が単純に猪瀬さんのフォロワーあるいはお仲間的な立場の表明になり、なんの斬り込み(たとえば、「作家・ジャーナリスト」の肩書を持つ猪瀬さんが、なぜ今まで自分のペンの力を使ってそれを告発しなかったのか」など)も見られなかった。

だから、読者は感情的な猪瀬さんの言葉を勢いに任せて綴った記事に本能的に「どこまで信用できるか」と感じたのです。これはインタビューの中でインタビューアーが読者の立場を想像しながら、検証の質問をしていれば、多少は回避できるはずでした(それでも検証記事が続くのが最も理想)。

[上記段落、最初は「インタビューイーが読者の立場を〜」と書いちゃいましたが、「インタビューアー」の間違いです。訂正します、ごめんなさい。]

もちろん、実際には知事選の告示も迫っており(告示は14日、記事が出たのは13日)、時間が限られていたという理由は理解できます。しかし、かつて「PVを追わないメディアにする」と編集長自らが何度も言ったNPで、またジャーナリズムについて対外的にも何度も論じてきた編集長が、率先してゴシップメディアと変わらないインタビュー記事を出して、PV上がった、DAUスゴイと小躍りしているとしたら、なんとも残念な話です。

また、この後続検証記事も出ていない。編集長によると、取材申し込みをしたものの内田議員側に取材を断られたとコメントしているが、検証の手段は直接のインタビューだけではないはず。丁寧な周辺関係者に対する取材を繰り返せば多少の検証はできるはず。もちろん、マンパワーと能力が許せば、ですが。

猪瀬さんが言う「新聞系」の強味がここにあります。人脈も情報収集機能も、そしてもちろん報道機能も持っている。一発屋のメディアに「抜かれ」た、日本の伝統政治メディアがこの「暴露」をいかに取り扱うのか、我われ読者はしばし期待を持って見守るべきでしょうね。マスメディアの皆さんもあなたがたのこの記事への態度が読者に検証されていることをお忘れなく。

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