【ぶんぶくちゃいな】「カナリアが逃げていく」 崩壊続く香港社会のコンセンサス

これを書いている日の朝(日本時間)、トランプ米大統領が先日亡くなった、ルース・ベイダー・ギンズバーグ(通称RBG)最高裁判事の後任として保守派のエイミー・バレット現連邦控訴裁判事を指名するという報道が流れている。

RBGがクリントン大統領時代に60歳で史上二人目の女性最高裁判事候補になったとき、「高齢過ぎる」という声もあったというが、彼女は歴代の男性判事が自分よりもっと高齢でありながら任命されたことを引き合いに出したという。つまり、「高齢」は本当の理由ではなく、「女性だから」年齢が特別に考慮されるのは不公平であるということを指摘したのは、さすが一生をかけて性差別と戦ってきた女性である。そして、その後任に指名されるバレット判事はまだ48歳。RBGの功績あってこその指名といえるだろう。

…と知ったかぶりしたけれど、実はわたしも一般の日本人とほぼ同じくらいRBGについてはよく知らなかった。ここに書いた情報は、訃報が流れた後に彼女の(ほぼ)一生を描いたドキュメンタリー「RBG 最強の85才」を観て得たもので、天寿と天命を全うしたともいえる彼女の死がそれでもなぜアメリカ中に深い悲しみをもたらしているかがよく分かった。ご冥福をお祈りすると同時に、RBGに興味をひかれた方にはこの映画をご覧になることを強くおすすめする(リンクでは2500円と表示されるが、プライム会員は会員料金で視聴レンタルできます)。

最初にわたしが目にした彼女の訃報を告げる報道によると、彼女は孫娘(映画を見るとわかるが、晩年のRBGはこの孫娘と大変仲が良かったらしい)に「自分の死後、大統領選が終わるまで後任の判事の任命は待ってほしい」と言い遺していたらしい。

保守派のトランプ大統領ならば保守派の判事を選ぶのは間違いなく、選ばれた判事の任期は当然ながら大統領が交代しても続く。すでにトランプ大統領下において9人の判事の傾向は保守多数に傾いており、大統領自身の続投すらわからない状態でこのまま保守派の判事が選ばれることに危機感があったのだろう。

だが、トランプ大統領はその言葉を無視した。もちろん、トランプ大統領にはその権限があり、それを行使したまでのこと。しかし、やはりこの時点での自分に都合のよい判事任命はいかがなものか、という気もしないでもない。もちろん、これは選挙権もないまったくの第三者のわたしの意見ではあるが。

広く尊敬される故人の遺志と、公人の権利の行使。そのどちらがどんなふうに優先されるのがベストなのか、それはある種の政治的野望の「駆け引き」であって、たぶん「正解」はない。

しかし、この「駆け引き」において印象的だったのが、RBGの遺志を無視したことについてトランプ大統領をなじる声が巻き起こっていないことだ。もちろん、不満な人はいるだろう。そして、その意図に腹を立てている人はいるはずだ。だが、米国社会が(これだけ異論紛々を巻き起こしている)トランプ大統領の選択を尊重しているのは、ある意味大変印象的だった。

もし同じシチュエーションに今の香港が置かれれば、社会はこんなに穏やかではいられないだろう、と思った。

今のアメリカと香港の社会の状況はよく似ていると、香港ではよく言われる。社会を完全に二分化する首長、そして警察権力のあり方、社会が抱える矛盾をいかに解決するか…もちろん、両者の根本的な原因はまったく違うが、それでもちょっとした立ち位置の違いから取った行動が激しい議論の争点になりやすい点という意味では確かにそっくりだ。

だが、この判事指名にアメリカ社会のコンセンサスを見せつけられた。やはり、単純に同一視するのは間違っている。そして現実を見誤ってしまう。

香港のなにがどう違うのか。この数週間の具体的なニュースからご紹介したい。

●司法の「カナリア」の辞任

ここから先は

7,933字
この記事のみ ¥ 300

このアカウントは、完全フリーランスのライターが運営しています。もし記事が少しでも参考になった、あるいは気に入っていただけたら、下の「サポートをする」から少しだけでもサポートをいただけますと励みになります。サポートはできなくてもSNSでシェアしていただけると嬉しいです。