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「今日の仕事は、楽しみですか。」――企業に奉仕する人材会社の洗脳広告が楽しいわけがない

今朝初めて知ったんですが、今週月曜日、こんなことが起こっていたんですね。このサムネイル写真を目にした時はめ込み写真かと思いましたが、なんと現実がそうだったらしい。

場所は品川駅コンコースの幅20メートル、全長250メートルの自由通路で、朝は出勤する人たちでごった返すはず(改装してから行ってないのでわかりません)。でも、サムネイル写真見て思ったのは、この広告の構想を考えたのはクライアント(=NewsPicks傘下の人材育成会社「アルファドライブ」)なのか、それともその意図を組んだ広告代理店なのかな?ということ。

だって、もう一回サムネイル写真見てくださいよ。全天候型の完全屋根付き巨大通路の両側上部に取り付けられた、44面の大型パネルにはずらりと白地に黒字で「今日の仕事は、楽しみですか。」の文字が並ぶ。その中をスーツを着て会社に向かって黙々と歩く人たちの姿…なんで人材育成会社なのに、そしてそこで人材を釣ろうという広告なのに、完全無味乾燥な広告でジャックすることを思いついたのか。

わたしはこれ見て、ソ連とか中国の、それこそ社会主義経済華やかなりし頃の画一的な軍需工場を連想しました。広告が問いかけている「楽しみ」という言葉はもうただの皮肉でしかない。

どうしてこれが効果を生むと思ったのか? クライアント側が自分のアイディアに酔い過ぎてた? それとも受注した広告代理店がアホだったから? 

この押し付けがましさ。まるで人を洗脳するかのような不気味さ。よくもまぁ、これが「広告」として成り立つと思ったものだなぁ…と、呆れました。想像力なさすぎだろ。

●これって昭和の終わり、平成初めのセンスじゃね?

これ見ながらいろいろ考えていてふと、これって1990年前後、ちょうど昭和から平成に入った頃に、日本で旅行会社「J○B」と人材紹介会社「パ○ナ」が組んでやった「香港でキャリアアップ!」(香港キャリア)キャンペーンのセンスにそっくりだな、と気が付きました。

当時は、男女雇用機会均等法とか総合職とかで女性をもっと活用しようというムードが盛り上がっていたけれども、旧態依然とした日本の企業ではやっぱり多くの女性が意欲に見合う仕事をできていなかった。

当時わたしはすでに香港で暮らしていたのですが、香港社会は女性が普通に社会に出て働いており、プロフェッショナルな世界にもたくさん著名女性がいた。つまり、そんな香港で就職すれば「あなたもキャリア女性になれますよ!」というのが、この「香港キャリア」キャンペーンだったんです。

当時の日本では、香港は人気旅行先で「デューティフリー」としてよく知られており、ルイヴィトンとかエルメスとかシャネルとかの専門店には日本人観光客がどーんとやってきて、「安い、安い、日本で買うよりずっと安い」とブランド品を買い漁っていました。「デューティーフリー」の香港で「キャリアアップを目指し」て働いて、休日にはおしゃれしたり、美味しいものを食べて遊学に暮らしましょうよ、という宣伝文句を掲げて、日本の職場でくすぶっていた女性たちに声をかけまくったのがこの「香港キャリア」キャンペーン。「香港なら英語も学べる!」と言うかと思えば、「日本語だけでも大丈夫」というのがウリでもありました。

そりゃそうです。

実はそうしたキャンペーンに乗ってきた日本女性を待ち焦がれていたのは、現地に進出した日系企業だったから。当時、日本企業の駐在員はほとんどが男性に限られており、派遣されてはきたものの、今まで日本では「オンナのコ」がお茶入れてくれたり、オフィスの掃除してくれたり、お客を取り次いでくれたり、電話とってくれたり、コピー取ってくれたり、パソコン打ってくれたり…とまぁ、そういう作業をやってくれていたのに、香港人女性は秘書でもない限り、そんなことやってくれません。そして、駐在員の秘書なんか雇う余裕や習慣は多くの日本企業にはなかった。

で、「日本のオンナのコが恋しい」という声の高まりに乗じて、香港にもオフィスを持っていた前記2社が協力してキャンペーンを組んだわけです。

そのキャンペーンにのって「キャリアアップ!」を夢見てやってきた女性たちの身分は「現地雇用」でした。つまり、日本で雇用して駐在員として送り込まれたわけではなく、現地で現地給料で現地の雇用条件で雇われた「日本のオンナのコ」。企業側にとっては安上がりです。

でも一方で女性たちはキャリアアップを目指してやってきたはずなのに、結局日本より安い給料で日本と同じ仕事、いや慣れない現地のよくわからない勝手に振り回される。さらには、現地の言葉がわからないからてんてこ舞いも。駐在員のおじさんたちもほとんどが英語や広東語ができず、面倒なことは全部「日本のオンナのコ」にふってくる。

もちろん、海外に出てきたチャンスを利用してしっかりと自分を磨いて現地でキャリアアップした人もいましたが、全体からするとほんの一握り。ほとんどの人が言葉もできないまま、結局日本よりも濃い現地日本人社会の社宅状態で暮らさざるを得なく、それに疲れて帰っていったというのが顛末でした。

今から思うと、「香港でキャリアアップ!」なんて煽って人身御供みたいなことやった企業は彼女たちに訴えられてもいいんじゃないかと思うんですけど、そういう話はとんと聞いてません。

●「品川駅ジャック」と「楽しみ」の相関性とは

で、冒頭の品川駅の広告なんですが、「今日の仕事は、楽しみですか。」の先には、「楽しみじゃないなら転職しましょうよ」という言葉が隠れているわけですよね。で、万が一、あの広告キャンペーンが思い通りにうまくいったとして、応募者が出現し、無事に転職を斡旋できた、とする。でも、その人が転職先で仕事が楽しみにならなかったら、広告主のNewsPicksやアルファドライブは責任取れるんでしょうか?

サブリミナル効果を狙ったつもりなんでしょうけれど、結局はそれって洗脳。洗脳で人を釣る先に、人類が楽しく暮らせる生活が待っているのでしょうかね? ここでソ連や中国を思い出してみてください。 

だいたい、そうやって一方方向の観念や価値観を刷り込まれたり、押し付けられたり、とにかく呑ませられたり、という繰り返しが、職場や生活のそのものから「楽しみ」を奪っているという点に気づかなかった時点で、人材育成サービスや人材派遣のプロだとはいえないレベルじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか?

結局のところ、彼らの顧客は「企業」なんですよね。つまり、洗脳で人材を釣って企業にご奉仕する。ひどい広告キャンペーンだなぁ、と思った次第です。

追記)

この広告、実は15秒単位の動画なんですよね。15秒で7日間を単位に契約する形。

まぁ、この宣伝広告でも「ジャックする」って使われているから、そのものずばり利用者も「ジャックできる!」と思っちゃうんだろうけれども、でもやっぱりこの広告販売のサムネイル見ても、ジャックされたらキモい作りではある。でも商業的にはオープンスペースよりも使い前があるわけですね。


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