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春の匂い

大学に、落ちた。

国立大学の前期試験の結果発表の日。まだ18年しか生きてなかったが、生きている中で一番泣いた。

あんなに勉強したのに。どうして?友達みんな受かったんだろうな。落ちたの私だけかな。親になんて謝ればいいんだろう。あんなに応援してくれたのに。

申し訳ないな。先生たちも、どこかぎこちなく接してくるんだろうな。

家にいても涙が出てくるだけだから、どうせなら川に身を沈めようかな。制服のまま川に入ったら、後期試験の勉強へのやる気が出てくるかな?

北国は3月になっても、どか雪で、道路が真っ白い雪で固められている。

ざく、ざく。ぎゅっ、ぎゅっ。雪を踏みしめて歩いているつもりは無いのに、重さのある雪が足にひっついて、それを踏みながらどこへ向かうでもなく歩く。

雪は真っ白くて、太陽に反射してきらきらしている。涙でいっぱいの私の目には眩しすぎた。

なんでこんなに、きらきらしているんだろう。なんで私はこんなに泣いてるんだろう。勝手に涙が溢れてくる。

うえをむーいて、あーるこーう…

小学校4年生の頃に歌った歌が、頭に流れてくる。あの頃は希望にあふれていたなあ…東京の大学に行って、東京でキラキラした生活を送るんだーって、思っていた。

「なみだが、こぼれないように…」

涙はそれでもこぼれてくる。

太陽、まぶしいなあ…雪は降っていても、もう太陽は春の顔をしていた。なんでだよ、私はまだ冬に取り残されているのに。

ふと吸い込んだ空気が、赤くなった鼻に、つんと冷たい空気を送り込んだ。
これは、春の匂いだ。



春の匂いが嫌い。春の匂いが大嫌いだった。
小学校1年生、4月。学校に行きたくなかった。ずっと一緒に保育園に行っていたおばあちゃんはもう、一緒じゃない。朝の通学路。登校するときはいつも緊張していたから、下を向いて歩いていた。下を向いていたときの記憶は、匂いと共に覚えている。

冬は辺り一面を真っ白に染めていた雪が、いつの間にか仲間が少なくなって、土が現れ始める。太陽の暖かさを受けて姿を現した土であるが、冬の養分をたっぷりと吸収しているので、踏みしめると、つめたい匂いがする。私にとって春とは、このつめたい匂いのことを指すようになった。春になんてなってほしくないのに、嗅覚は確実に今を「春だ」と認識している。

春が嫌いだった。何もかも変わる。人も、環境も。だけど私は何も変わっていない気がして、みんなに置いていかれているような気がした。



私の何がだめだったんだろう。
私の3年間に何の意味があったんだろう。やっぱり、私だけひとり、置いていかれるのか。
不安と絶望が心の中にあるときに吸い込む空気は、つめたく、私を無神経に貫く。

これは「春の匂い」じゃなかったんだ。
これは、置いていかれることへの恐怖だ。


春の匂い。それは、皆が、希望と少々の不安を抱えて新しい道に進むのを、応援するもの。
春の匂い。それは、絶望を感じている私にとっては、恐怖そのもの。

私は、ここにいるのに。

置いていかないで。



春は嫌いだ。


家賃を払うために地道にためています。