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30mins / 4years

出会った意味を本当に味わうのは、その人とまみえることができなくなってからなのかもしれない。

悲しみの秘義
若松 英輔

「隣県に住んでいた年下の異性」
関係性を説明できるものは、それしかない。

なんとなく出会っていた、その人とは
2、3週おきには会っては話し、
ご飯を食べたり、お買い物をしたり、
そんな関係を3年くらい続けていた。
ただ、楽しいだけで、それ以外になにもない。
続けていても何も起きない。
でも、そんな関係が心地よかった。

その人は4年前の春、突然いなくなった。
遠くの土地へと引っ越していった。
これからは今までのようには会えない、
とだけ言い残して。


ろくにお別れの挨拶もできなかった。
あの時に会ったのが最後になったんだ。
私にはもっと伝えたいことがあったのでは。
と悔やんだ。

そして私は病む。病むに病んだ。
突然涙が溢れてくるほどに。
たくさん泣いた。
大人になってこんなに泣いたのは、
初めてだった。
そこで、もしかして、好きだったのかなあと、
初めて気づいたのである。
いやいや、好きってなんなんですかね。
大人になると、ますます
わからない。
思いつきもしなかったわ。

その人が好きなものを、自然と好きになっていた。
その人が喜んで笑ってくれることを、探していた。
その人と歩くと、見慣れた景色も輝いて見えた。
その人が住む街まで好きになった。

会えなくなってもLINEは繋がっていて、
たわいない話を時々した。
それでも、会いたい気持ちは一向に
消えなかった。
でもいつの間にか
会いたい気持ちは小さくなっていて、
幸せに暮らせてるといいな、と思えるように
なっていた。
いや、諦めたという方が適切か。

そんな折、コロナも落ち着き、
久しぶりに帰省するというのである。
「30分くらいなら、会えるかもしれない」


その知らせを聞いて、当然嬉しかった。
でも本当は会いたくなかった、のだと思う。
また会えば、必ず別れなければならない。
それは、会った瞬間に必然になる。
何より、今の状態でまた会って、
自分にどういう気持ちの変化が起こるか
怖かった。

この人は私にとってどういう存在なのだろう。
好きなのか、大切なのか、お友達なのか、
知り合いなのか、他人なのか、誰なのか、

社交的、明るい、能天気、よく笑う。
気配りさん、でもちょっと抜けてる、
そんなありきたりな言葉だけでは表せないほど、
私にはないものばかりが、その人にはあった。
だから惹かれたのだと思う。
なんだ、惹かれたって言っちゃってるじゃん。
やっぱ好きだったんじゃん。

「でさ、明日どうする?」
「会ってみたい」
「じゃあ、いつものところで」


秋晴れの朝、初めて長袖に腕を通した。
いつものように電車に乗って会いに行く。
駅から待ち合わせ場所へは
いつもと違うルートを通った。
緊張しないように。いや
会うのが楽しみでテンション上がってたんだな。

30分前にいつもの待ち合わせ場所に到着。
いつもは飲まない
アメリカンコーヒーなんて頼んでみる。
駅に入っているこの店は、
カウンターからコンコースが見下ろせる。
そこが、いつもの待ち合わせ場所だった。
電車が着くたびに、改札から溢れる人の波、
その中に、あの人の姿を探した。

待っている間、いろいろなことを考えた。
今までの楽しい思い出。
また会えるとは、夢にも思わなかったな。
これが本当に最後になるのかな。
どんな気持ちでここに来るのだろう。
何を話そう。
いや、ほんとに来てくれるのだろうか。
騙されているのでは、私。

緊張するなという方が無理な話。
手には汗が滲んで、体温と心拍が
どんどん上昇していく。
大きなグラスのコーヒーは、
みるみる無くなっていった。
正面のガラスに反射する人影。
後ろを通り過ぎる人の気配がするたびに、
ドキドキしては振り返り、顔を探った。

待ち合わせ時間はとっくに過ぎた。
あの人は、いつも必ず遅れる。
それすらも懐かしく思えた。
「少し遅れます」
知ってるよ。いつものことだ。

それから20分ほど過ぎた頃、
ガラスに映る、見覚えのあるシルエット。
気づけた私すごい。
4年越しとは思えない、本当に
軽い感じで現れると、
隣に座った。
「久しぶり〜!」


タイムリミットは30分。
時計はスタートしてしまった。
会えて嬉しいのに、たくさん話したいのに、
何を話していいのか分からない。
最初の10分は、そうやって過ぎた。

そこからは時間が溶けていった。
写真を撮ったり、お互いの近況報告をしたり。
といってもLINEで話しているから、
再確認の作業でしかなかったけど、
それすら楽しかった。

ただ、前に会っていた頃よりも
耳が聞こえなくなっていた私にとっては、
相手の話に、うんうんと相槌を打つのが精一杯。
か細くて、滑舌が悪くて、
そんな話し方もまた、好きなところだった。
今はその話し方のせいで、文字起こしもうまく動かない。
「文字起こしも緊張してるんだよ」
そうやってジョークにした。
アメリカンジョークか?いやイタリアン?

途中からLINEに文字入力して、
見せてくれるようになった。
頼んでもいないのに、気付いて
自然とやってくれた。
ああ、こういうところも、
好きな理由なのかもなと、思った。嬉しかった
この人は、本人が思っているよりもずっと、
まわりの人たちを幸せにしてると思う。

やっぱりこの人と過ごす時間が好きなんだな私。
もっと一緒に過ごしたい。
そんな気持ちが重たくならないように、
頑張った。頑張れてた、と思う。
「今日が本当に最後だと思って会いにきたよ」
と言ってみたりもした。
「最後なんかなぁ」と呟く横顔。


30分が過ぎる頃、バッグからお土産が出てきた。
お別れの時間。

帰り道が同じ方向だとわかり、
駅まで一緒に帰ることになった。
飛び上がるほど嬉しい私。
お別れする辛さとは裏腹に、はしゃいでいた。
エスカレータから降りるとき
相手の靴を踏んじゃう程に。

お昼過ぎ、混雑する地下鉄のホームを歩き、
電車に乗った。
微妙な距離感でドア前に向かい合って立ち、
スマホを操作するその人の姿を
ぼんやりと眺める。
これで本当に最後かな。
こんなに沢山沢山会ってるのに、
この人のこと全然知らないな。
今までも充分遠かったけど、
それよりもっと遠い存在に感じた。

駅に着くと、改札近くでお別れの挨拶をした。
「また5年くらいなら待つよ!」
そう言うと、
その人は、いつものように笑った。

なかなか離れられない。
意を決して振り向くと、雑踏の中へ歩き始める。
改札前まで行き、振り返ると、
その人は笑顔で大きく手を振っていた。
4年前もこうやって別れたな。
また会えるかな。会ってもいいのかな。
たくさんの思い出や
大切なことも教えてもらった。
私はあの人に何か残せただろうか。

改札を入り振り返ると、
その人は歩き始めていた。
小さくなっていくその横顔に「ありがとう」とだけ
もう一度伝えた。

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