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毛布にくるまった人みたいな人

世界の様々な国に住む書き人によってスタートした、リレーエッセー企画『日本にいないエッセイストクラブ』。リレー企画第2回目のテーマは「忘れられない人」。前回私にバトンを渡してくれたのは、カタール在住のフクシマタケシさん(前回の記事はこちら)。今回リレー企画初参加で書かせていただきます。みなさまどうぞよろしくお願いします。

ソファー

去年の冬のこと。

私には娘が2人いる。一人は6歳、もう一人は4歳。娘たちが通うサンティアゴ旧市街に建つ学校へ、私たちは毎朝6時半に起きて決して美しいとは言えない築100年以上の鳩の糞だらけの歴史ある学校へと通っていた。

サンティアゴの冬の朝はとにかく寒い。学校は公立病院の隣に建っていることもあり、道端には路上生活者がたくさん暮らしていた。

チリでは公立と私立とでは医療格差が大きく、私立は医療施設などがかなり整って待ち時間なども少なくアテンドをしてもらえる。そのぶん医療費はかなり高い。一方公立となると医療施設が整っていない病院も多く、施設自体も老朽化しているところがかなり多い。その代わり、多くの病院で医療費は無料で受けられる(薬代は別)。

そんな背景もあってか、病院のすぐ目の前の路上には万一のことに備えて、路上生活者たちが多く生活しているようだった。テントや建物の隙間などを利用して住んでいる人もいれば、道路にそのままマットレスやダンボールなどを敷いて寝てる人も多く見かけた。


ある日、路上にソファーが置いてあるのを見かけた。使い古され捨てられたソファーのようだった。


私たちはいつものように朝6時半に起きて、白い息が出る朝の旧市街を子供達と手を繋いで、犬の糞を避けながら学校へと向かって歩いていた。こないだみつけたソファーの上にはどうやら人らしいなにかが寝転がっているようだった。足も頭も出さず毛布でしっかりくるまったその姿は、毛布の塊の様にも見えた。

それから毎朝、人のような毛布の塊が横たわるボロボロのソファーの隣を通りながら、急いで子供達の手を引いて学校へ向かった。

次の日も、そしてその次の日もそのソファーの上の毛布の塊は動くことはなかった。

一週間くらいたったころから、そのソファーの近くを通る度になんだか臭くなってきた。だんだん匂いがキツくなりソファーの隣を通ることが出来ず、ソファーから数メートル離れて通るようになった。そしてある日、ついに悪臭を放っていたソファーが丸ごと無くなっていた。


あれ?


あの悪臭を放っていたソファーはいったいなんだったんだろうか…。頭の中になんだか後味の悪い、もやもやした気持ちが残った。一年経った今でも時々思い出す。「あれって、なんだったんだろ…」。


寒さに耐えきれなくて亡くなった人だったのか。それともあれは人のようなただの毛布だったのか。私には分からない。自分で毛布をめくって中を覗いたわけでもないので、あれが何だったのかなんて全然分からない。証拠すらない。でも、頭の中は、


どうやらストーリーを必要としているようで、「あれは寒さで凍えて亡くなった人のようだ」「家族もいなくて一人で亡くなった気の毒な人だ」「いやいや、そんなことはない。もしかして家族に見捨てられて当然なことをした悪い人だったのかもしれない」などなど勝手に証拠がない毛布の塊にストーリーを付けて想像を膨らませてしてしまう。


やっぱり、今でもあの毛布の塊は何だかはっきりしない。でも、たぶんはっきりしてることは、頭で想像した不確かな妄想が勝手に世界をつくってるってことは、案外結構あるってこと。


<おわり>


前回走者カタールのフクシマタケシさんの記事はこちらです。

出身地スリランカとカタールを行き来する「愚痴ばかりこぼす出稼ぎ労働者」の話です。私も実際にそんな人と知り合いになったら、ちょっと勘弁してくださいとなりそうです。そんな魅惑の国「カタール」から届く素敵な文章ぜひ読んでみてください。


そして次回走者、お隣の国アルゼンチンから奥川駿平さんの記事はこちら。

前回のリレー企画で記事で書かれた記事はこちらです。アサード(焼肉)が豪快で美味しそうですねぇ。美味しそうな写真にお腹が減ってきました。さて、どんなお話が飛び出すか楽しみです!

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