かるくつまむ雑記_14

「遊軍」というポジション

わたしは長いこと「組織」や「チーム」で動くのが苦手だと思っていたのだけど、それはちょっと勘違いだったと気づきはじめた。

仕事でも、プライベートでも、「みんなと一緒に」という文化がこの国ではとても強い。まわりに合わせるのは良いことだと教育されるし、逆にひとりだけ先に行くことは許されない。


最近の小学校の徒競走では、順位をつけると親からクレームがくるからって、みんな仲良く手をつないで同時にゴールするらしい。(嘘か本当かは知らない)

同調圧力、協調性、空気を読む、人に合わせる、忍耐、我慢、出る杭は打たれる、規律は絶対。

こういうのは、たしかに苦手。なるべく避けて生きてきたので、自分のことを「協調性ゼロ……」と思ってしまうのも無理はなかった。

でも、組織のありかたも、そのなかでの動きかたも、もっといろいろあっていい。大人になってやっとわかったことかもしれない。



長年自分のなかに引っかかっているのが、「遊軍」というポジションだ。

この言葉の意味をはじめてちゃんと知ったのは、学生時代に美術館でバイトをしていたときだった。

毎年秋に3ヶ月ほど開かれる美術展で、その期間だけたくさんのスタッフが集められた。100人以上いるスタッフたちに、広ーい美術館のなかから各自持ち場が与えられる。

チケット売り場、インフォメーションコーナー、第8展示室……それぞれのポジションが充てがわれていくなかで、なぜかわたしのポジションは「遊軍」だった。

「遊軍」ってなんだっけ?と調べると、このように書いてある。

1 戦列の外にあっていつでも出動できるように待機している軍隊。遊撃隊。
2 決まった任務につかず、必要に応じて活動できるよう待機している人。「遊軍記者」

もともとは軍隊用語で、決まったチームに属さずに、状況を見て出動する部隊のことを言ったらしい。新聞の社会部などには「遊軍記者」というのがいるらしく、大きな事件・事故や災害時に活躍する重要なポジションだということもわかった。

この美術館のバイトでは、特定の持ち場にはつかず、その日スタッフが足りないところや、応援が必要なポジションにアサインされる人のことを指していた。つまり「担当がない」ということで、同じような「遊軍」が3人しかいなかった。

実は、わたしはこの美術展でのバイトが2回目で、昨年の経験から全体のことをよくわかっていたのだ。その背景と、性格的なところをマネージャー陣がわかってくれて、「遊軍」にしたらしかった。


わたしはこの「遊軍」のポジションがとても気に入った。

朝出勤するまでその日の持ち場はわからない。毎日違うところで、違う人たちと働ける。それでいて、人が必要なところにアサインされているのでやりがいもあり、その日その日でチームワークは求められる。

「遊軍」は言ってしまえば「何でも屋」なのだけど、これをストレスや孤独に感じてしまう人もいるんだろうな、とあのとき思った。



この体験は、なんとなくその後かかわった組織や、新卒で入った会社での立ち位置にも似ていた気がする。

ガチガチに管理されるのが苦手なことが伝わって、「勝手にやらせとけば大丈夫」という雰囲気をまわりが感じ取ってくれたように思う。ちょっと独特なポジションだけど、ちゃんとチームには入っている(はず)。そういうことなら、「組織」のなかでもやりやすい。

というか逆に、これは組織のなかでしか生きないスキルだ。フリーランスとして働いてみてわかったのは、自分の場合は「ほどよい広さの自由に泳げるフィールド」を与えられていないと、あれこれ気になりすぎて動きが鈍くなってしまうということだった。


「組織が苦手」「チームワークとか無理」と思い込んでいたけれど、ちょっとだけポジションをずらすことで、逆に快適になることがわかった。ザ・日本の組織は相変わらず苦手だけど、オープンマインドで個が立っているチームはわりと好き。

今いる場所がすべてだと思ってしまうともったいない。探してみれば、いろんなかかわりかたがあるのかも。


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