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メタバースとかよくわからないおじさんが学ぶシリーズ2

■ アバターがなくなる日

「あなたのアバターは、著作権を侵害しているため、使用できません」

リモート授業に出席するために、アプリを立上げて愕然とした。丸坊主に、ランニングシャツ、そして短パンのさえない男子学生が写っている。ぼくだ。この日、ぼくの大学生活、そして人生は終わった。
今どき、大学にリアルで通学する学生はいない。みんな、高校までの制服アバター(リアルの姿形をベースにモデリングされるサイアクのやつだ)から解放され、大学生活を謳歌するために、思い思いのイケてる姿で、ヴァーチャルキャンパスへ通う。昔は、合格祝いに車みたいな話もあったらしいけど、今は、合格祝いに親からアバターを贈られたりもする時代だ。
学生時代のアバターは、そのまま就活、社会人になっても使われる。自分の人生を左右しかねないめちゃくちゃ重要なものだ。容姿の良し悪しには、人からどうみられるかという事もある。だがそれ以上に、自分自身が容姿にかなう人間になっていく、ということ。つまり、自分自身の能力や成長に影響することが証明されてから、その重要性がより強く認識されるようになった。
当然、アバターの値段は釣りあがった。最高のクリエイターが制作するSクラスのアバターは、将来の成功が約束された、まさに勝ち組の証なのだ。
ぼくの実家は貧乏で、どんなに頑張ってもBクラスのアバターがいいところだ。でもそれじゃ、先も見えている。華々しい大学デビューを飾るべく、ぼくはアングラVRマーケットで、掘り出し物のアバターを探していた。そんな時見つけたのが、無名の個人クリエイターが出品していた、信じられないぐらいクオリティの高いアバターだった…

昨今なにかと話題のヴァーチャル的な何か。そういう活動においても、今のところ、身体は必要とされるのが一般的みたいだ。自分や他人の体があり、外見の違いで人が区別できるほうが「世界っぽい」。ということだろう。そんな時に使われるのが3Dのキャラクターモデル、俗に「アバター」などと言われるやつだ。

3D空間を用いる場合、3Dモデルを使用するのは半ば当然として、Vtuber的な配信(2D)においても、3Dモデルが好まれるような感じはある。なんとなく、ちょっとナウな感じのことをやってみたい、そうなった場合に、問題になるのは、3Dモデルをどう調達するかという問題だ。

考えてみると当然の事だが、動きがつけられるような構造を持った3DCGモデル、それもちゃんと親しみやすいように表情がアニメーションできるような、といったものを用意しようとなると、素人には大変ハードルが高い。求めるクオリティにもよるが、ゼロから作成するようなものには相当なコストがかかるようだ。

となると、出来合いのものを買ってくる、もらってくるというのが有力な手段だ。出来合いの3Dモデルを配布するようなサイトも存在する。しかし、やはり自分の分身ともいえるアバター。できればこだわりたい(カネをかけずに)、そんな要望はいくらでもあるだろう。

クラウドソーシング的なサイトでも3Dキャラクターモデルを制作する仕事は多数行われており、立体が作れる人にしてみると、わりと楽しい副業という感じなって来ているのかもしれない。

<ココナラのコンテンツマーケ的な記事>

そんな様々なニースに応える形で、「簡単に」、「かわいく」、カスタイマイズしたアバターを作成できるサービスも存在する。今後のVR的なものの活用とそれに伴うアバター需要を考えると、ホットな領域だと言えるだろう。

<VRoid Studio>

ところが最近、そんなサービスのひとつであった、「Vカツ」なる、アバター作成サービスが約半年後にサ―ビスを終了することを発表した。

<終了のお知らせ>

<Vカツの紹介記事>

そのリリースを見ていると、生成したアバターを用いて既に作成された画像・動画コンテンツは構わないが、サービス終了後にあらたに作成する事は不可。連携サービスでもVカツのアバターは使えなくなるという。

■ 3Dモデルを巡る権利関係

どういうことかというと、「Vカツ」は、サービスを使用して動画や画像が作成できます、というサービスらしく、モデルデータの著作権は運営企業に帰属する、という事だったらしい。なるほど。3Dモデルそのものを提供する事がサービスでは無かったようだ。この結果、肉体を失った美少女の魂がインターネットをさまよう事となるだろう、などと言われている。

<Vカツ利用規約>

https://vkatsu.jp/license/

3Dモデルは要するにデジタルデータである。詳しいことは分からないとしても、誰でも分かることとしては、他人が作ったものをなんの許可もなく勝手に使ったり、第三者に転売したり、配ったり、などという事をしてはいけない。ただ、利用許諾的な契約だった場合、何がOKなのか、実質的にはどういう契約なのか、ということは、結構注意しないと案外わからない事だったりするようだ。

ネットで配布されている「素材」と呼ばれるデジタルデータの中には、一定の条件であれば無償利用を認めます、といったタイプの許諾が行われているものも多く存在する。配布もとにたどり着ければ、制作者の意図を正確に把握することも可能であろうが、知ってのとおり、デジタルデータは複製可能であるため、悪意があるかどうかは別として、カジュアルに人から人へと渡っていく場合がある。そうして入手した、出どころの分からないアバターみたいなものを使っていた場合、ある日突然制作者が現れ、明日から肉体がなくなる。そんなこともあるかも知れない。

<この問題がいかにややこしいかの参考>

勝手に使うな、認めていない用途に使うな、そういうのは分かる。しかし、データを加工して使っていた場合に、どこからOKでどこからダメかというのは、確かに難しい問題だ。「3Dモデルの改変自体は許可されていても、版権キャラクター自体の改変は許可されていない」とか言われても、素人だとサッパリだ。

今はまだ、好事家の間で楽しまれているという状況にあるが、VR空間を使うことが一般的な事となっていき、多くの人達が「自分に/必要とされるイメージに、ぴったり」のアバターを探すようになったらどうなるだろう。もしかしたら、マイナーなゲームやアニメのキャラクターをもとにしたグレーどころかアウトなアバターを、著名な企業がウッカリ使ってしまう、みたいなことも起こりそうだ。

そうなってくると、少々お高くても、出どころの確かなデータを売りますよ、みたいな商売は全然アリなのかな、と。3Dのモデリングできますっていうのは、絵心とかある人にとっては、手堅いスキルになるかも知れない。こういうのは、AIが作りました、とか言うと量産品感が出てしまうので、一定程度手作りがウケそうな予感もする。

■ 3Dアバターが抱える更に複雑な権利問題

さて、データ著作権とはまた別に、3Dアバターに関する人格権等の問題がある。

VTuber的なものが既存のキャラクターと異なるのは、「中の人」(業界では前世などというらしい)の存在である。VTuberといっても、やってることは普通のYoutuberとさほど変わらず、ただ、見えているガワが、現実の人のそれではない、というだけの話である。さて、そういった場合に、肖像権であるとか、名誉毀損であるとか、そういうのはどういう風になるのだろう。

「バーチャルアバター・キャラクターをめぐる人格的権利の整理」

<資料>
https://researchmap.jp/harata/presentations/35679235/attachment_file.pdf

なにかのキャラクターになり切っている人に対して、名誉毀損や誹謗中傷的な事があったとして、果たしてそれは「中の人」に対するものと言えるのか、あくまでも「キャラクター」に対してのものに過ぎないのではないか、その辺はまだまだ追いついていないようだ。

こういう問題も、誰もがガワを被って活動するようになってくると、色々考え方が変わってくるのかも知れない。

何しろ、対面授業を再開しても、学生は授業に戻って来ず、なんならキャンパスの思い思いの場所から授業に出席するようになっている時代だ。

「100人のクラスに来たのは7人」 対面授業を再開しても大学生が教室に戻らない理由

現在ではまだ対面が良いと考えられている、演習(ゼミ)のような授業でも、より進歩したヴァーチャル的ななにかに置き換わる余地はまだまだあるだろう。その世代が「なぜ会社にいかないといけないのか」と言い出すのは当然として、「どうしてアバターじゃいけないのか」になる事も十分あり得る。

現時点では、人格権の保護に関しても言われているとおり、「アバター=中の人」とは、世間では捉えられていないように思う。その延長線上に想像されるのは、Miiのようなそっくりアバターを用いたヴァーチャルオフィスの姿だろう。だが仮に「アバター」そのものが「人」だ、と感じられるようになってきたら?全員リアルの姿とかけ離れたアバターで働く会社が出てきても不思議ではない。

■ バ美肉おじさんが暮らす未来

かなり前になるが、ねほりんぱほりんで「バ美肉おじさん」という秀逸な回があった。

「バ美肉おじさん」がわからない人のために説明しておくが、「バーチャル美少女セルフ受肉おじさん」のことだ。こう言っても、まだ大半の中高年にはサッパリ意味が分からないという顔をされるのが通例であるが、叡智の書Wikipediaに載るほどポピュラーな事なので、もはや覚えておいたほうが良い。平たく言うと、美少女アバターでヴァーチャル世界での活動を行っている男性の事である。

ちなみに、ねほりんぱほりんは、なんやかんや顔出し出来ないような人達が、ブタの姿でスタジオトークする、的な番組だったはずなのだが、バ美肉回は、元々アバターで活動している人達が、なぜかさらにブタに扮してトークするという、奇妙な放送回となった。最後らへんで、バ美肉おじさんのリアルママから手紙が紹介されたりして最高なので、上記のまとめは是非一読することをお勧めする。

要するにメタバースとはこういうことだ。

さて、

この中で、だんだんリアル世界の自分とヴァーチャル世界の自分の境界が曖昧になっていくような感覚が語られているが、昨今、ヴァーチャル体験を絡めて研究されているらしいのが、「ゴーストエンジニアリング」なるテーマである。

ここでいう「ゴースト」とは、いわゆる海老や蟹ではない攻殻機動隊で言っているようなアレのことなのだが、要するに「精神」みたいに普段我々が感じているもののことだ。最近の認知科学みたいなジャンルの話題として、精神が精神単独であるとか、脳の中にある、というよりかは、身体とどうも結びついているらしいみたいな話を聞いたことがあるだろう。

詳しいことは知らないが、人間にとって脳という情報処理装置は非常に重要なものではあるが、それと同じぐらい、体中にに備わっている優秀な光や振動のセンサーからもたらされる情報もすごく重要だ、というのはとても納得できる話だと思う。レベルの低い話で恐縮だが、大体気分が沈むときというのは体調が悪い時である。

身体と精神のナゾを解き明かすために、過去から、視覚情報を歪めてみたりとか、ゴムで作ったホンモノそっくりの腕を作ってみたりとか、様々な取り組みが行われてきた。その結果、解明されてきたことは、案外人間は外界を「見たまま」に認識していない、という事だ。人間が世界を見る時、内面にある世界みたいなものを重ねながら見ている。また、空間の認識においては、自分の身体感覚みたいなものがすごく重要で、目線の高さを変えたりすると、空間の広さを把握し損ねたりするようだ。

そして、アバターを用いて行われた実験において、例えば「イケてる」アバターを用いると、コミュニケーションの取り方が変わってくるといったような、身体の変容がゴーストに与える影響みたいなものが観察されている。そういったナゾを解き明かして、人間にとってポジティブな方向に活用できないか、というのが、ゴーストエンジニアリングの狙うターゲットだ。

「ゴーストエンジニアリング:身体変容による認知拡張の活用に向けて」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/26/1/26_14/_pdf

VR的なものを通じた新たな身体拡張体験みたいなものには、そもそもの身体とゴーストとの関係にあるメカニズムによるものもあるだろうし、バ美肉おじさんが語るように、他者との関わりが大きく変化することによりもたらされるものも大きいだろう。すごくシンプルに言ってしまえば、そういう体験が、ものの考え方みたいなものに影響を与えないほうが不思議である。

リアルとヴァーチャルの2つを行き来して暮らすようになった時、我々はどう変わっていくのだろうか。


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