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わけのわからないもののスゴさはもっと理解されるべきだという、登美彦氏と『熱帯』を巡る長い話の中盤(つまり中編)

森見登美彦作『熱帯』の内容が記載されているので、知りたくない人は、そっ閉じしましょう。

登美彦氏は、幸運にも不幸にして、すぐにヒット作家になってしまった。東京にも移住した。そして間もなく、連載を抱えすぎて行き詰り、いったん仕事をストップして2011年、故郷の奈良に帰ることとなった。

『熱帯』も、もとは2010年頃webのメディアで連載されていたものだ。第一章から第三章までがその部分である。『熱帯』という最後まで読んだものが誰もない謎の本を追う、謎めいた集いの物語であった。しかし、登美彦氏が創作を一時中断することとなったために、長いこと作品は未完のまま置かれていた。

こういうのは、だいたい終わらなくても仕方がないものだ。いったん筆を手放した作家の場合、別の新しい作品が出るだけでも大変ありがたいことである。ところが『熱帯』は、書下ろしの第四章、第五章を加えて、2018年11月、なんと単行本として世に出ることとなったのだ。

おれは、たまたま聴いてたラジオでその話題を知り、そのような難産の作品は、十中八九問題作に違いないと確信した。そこで、買ってみたわけだ。そして、しまいには全部読んだが、大変読むのに苦戦することとなった。これは意外なことだった。

登美彦氏は基本的に文章がめちゃくちゃうまい。意味不明なファンタジーを、軽薄なキャッチコピーに乗せられてウッカリ買ってしまったような人間にすら、すらすら読ませる圧倒的な表現力。それを『夜は短し・・・』みたいな独特な語り口でやってのけるというのは、本当にとんでもないことだ。だいたい、奇をてらった文章というのは読みづらいのだが、それがまったくと言っていいほどない。

しかし、『熱帯』は第四章以降、非常に読みづらいのである。アマゾンの寸評など見ていると、断念した者も多数いるようだ。ちなみに、森見登美彦作品でアマゾンレビューが4を下回ること自体、大変珍しいことである。

なぜかと言うととても単純で、シンプルに話の「流れ」が全然分からなくなるからだ。話の筋を書いてしまうのは多少ためらわれるが、『熱帯』を読む際に話の筋を知っているかどうかはあまり大した問題ではないというか、結局最後まで読んでも話の筋はあんまりよくわからないと思うので、この際いいだろう。

強いて言えば、途中から話がサッパリ分からなくなるというのが最大のネタバレのようにも思われるので、もうここまで読んでしまった人は完全に手遅れである。

三章までは、間違いなく、なぞめいたブックのなぞを追うミステリーめいた話で、どういうわけか、謎を解明する集いのメンバーがだんだんいなくなったりする。そして、ともかく、いろいろしているうちに、主人公は手掛かりめいたものに辿りつく。

そして始まった第四章。主人公は突然砂浜に打ち上げられているのである。

ここまではおれもまだ、なんか盛り上がってきたな、と思っていた。大胆なシーンチェンジ。ここからどう畳まれるのか、そう期待した。

そのあと起こることは、夜になると虎になる不思議な男と島で暮らし始めたかと思ったら、新たな島々を巡る冒険が始まり、唐突に魔王と戦うみたいな話になり、そして成り行きで始まるサルベージの仕事、老シンドバット・・・場面はめまぐるしく移り変わり、事態が全く呑み込めないまま話だけがどんどん進んでいく。

普通に考えて欲しい。ガラッと話が展開したあと、読者は当然しばらくの間混乱する。しかし、一般的には、そういうことだったのか!という具合に、読者の疑問が氷解し感動を覚える瞬間がやってくるものである。ついでに作品全体の大きな物語が終演する。ドラマチックに。そして我々は日常生活を生きるあらたな活力を得るのである。

おれはそういうお約束を無意識に頭におきながら、ぼんやりと「いつタネあかしが来るんだろうか、そんな気配はないけど」と期待してずっと読み進めた。

しかし、いつまでたっても、そうか!というタネあかしがやってこない。どんどんナゾが増えていくのである。そして、『熱帯』は結局なんだかわからないうちに、話が現代の日本に戻って終わるのだ。アレ・・・??

おれも、最初は自分がちゃんと読んでないんじゃないかと思った。何度か振り返りながら読んだりしてみた。ビールを飲んでいることもある。読んでる途中に半分寝てしまったりするのも読書家あるあるだ。そうやって多少慎重に読むこと数回。結果は芳しくなかった。そして結局、わからないものはわからない、とあきらめた。取り敢えず読み切るしかない、というわけだ。

そして思った。

こんなにわからん話を書いて、それをそのまま売るのはスゴイことだ。

そんなわけで『熱帯』は、決して軽々しく人には進められないが、おれの記憶に強く残る作品となった。面白いかどうかすらわからない。どういう話なのと聞かれても半分ぐらいしか答えられない。

おれは、そんな、手触りが印象的で不可解な、しかし奇妙にも魅力的である怪作『熱帯』について、それ以来ずっと考えていた。

つづく


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