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【短編小説】勤労少女とアイドル

 わたしのバイト先はコンビニだ。
 どこにでもあるよくあるコンビニだ。
 いたって変わったところも特徴もないコンビニだ。
 整えられた制服に着替え、今日も元気に労働、労働。

 「イラッシャイマセー」

 元気だけが取り柄だと謙遜するチャイさんの声が響いた。わたしも続けて「いらっしゃいませ」と、山びこする。

 「水上サン!コノ店内放送ノ声優サンノ名前知ッテマスカ?」

 店内でループする放送。有名な声優さんらしいけれど、ごめんなさい。知らないんだなぁ。
 チャイさんは異国の南の島からやって来たアニメの専門学校に通う留学生の女の子。日本に来るまで、日本人は誰もみなアニメに詳しいと思っていたらしい。
 白い歯を見せて、接客してるチャイさんを横目に、わたしは商品を並べながら、いつも口にする歌を口ずさんでいた。チャイさん、この曲はアニソンじゃないからね。
 「日本って住みやすい?」と、チャイさんに以前質問したことがある。すると、チャイさんは「メッチャ、住ミヤスイデス!」と声を張り上げて答えてくれた。過酷なバイトをしなければやっていけないこの国を住みやすいって評価してくれて、日本代表として感謝の意を伝えたい。

 チャイさんは日本のことを知ることにどん欲だ。休みの日はカメラを首からぶら下げて街を散歩する。珍しいものを写真に撮ることを趣味にしているらしい。なので、街のことはわたしよりもよくご存じかもしれない。
 チャイさんが見せてくれたフイルムの写真はきめ細かくはないけれど、どこか懐かしく、エモいものだった。

 「『えもイ』ッテ、ドウイウ意味デスカ?」

 わたしも意味をよく説明できないまま使っている。ごめんね。

×××××

 「袋ハ、ゴ利用デスカ?」
 「オ箸ハ、何膳必要デスカ?」
 「オ支払イハ、ばーこーどデヨロシイデスカ?」

 てきぱきとよく働く彼女はこのコンビニのエースだ。店長からもすこぶる評判が良い。チャイさんの神対応っぷりをわたしは見習わなければ、と。

 「アリガトウゴサイマシタ!」
 「ありがとうございます」

 ぼそっと、小さな声でお礼を言ったお客は、お弁当とお茶で一杯のビニール袋を手にして店を後にした。どこにでもいそうな、朴訥とした青年だった。

 「水上サン!今、ワタシ『アリガトウゴザイマス』ッテ言ワレマシタ!」

 そういえば、わたしたちに店員にありがとうございますって言うお客さんも少なからず居る。丁寧と言えば丁寧だねって思う程度だけど、『ありがとうございます』は、むしろわたしたち店員のセリフだし。

 「日本ノアイサツ、超カンドウデス!」

 そんなチャイさんの横顔、超かわいいんだけど、わたしの方がかわいいかな。コンビニのお客さんたちも、わたしが一番かわいいってことを知ってるんだろうか?

 だって、わたしは水上飛鳥。アイドルしてます。 
 ちょっとした地下アイドルグループで、ちょっとした歌やらダンスやら、そして推しとの交流やらで、きらきらした毎日を送ってる。
 チェキの撮られ方もポーズも毎日レベルアップしてるし、プロデューサーさんも褒めてくれるし、わたしが一番かわいいから仕方ないよね?

 もちろん夢は武道館。たくさんのペンライトに囲まれて、大好きなステージに立てるのならば、一生の思い出に深く刻まれること間違いないよね?
 ちなみにバイト先の人たちは、わたしがアイドルをしていることを知らない。というか、伝えていない。だって……ねえ。

 「みんな、盛り上がっていくぞ!わんわんおーっ」
 「わおーん」

 このレスポンスが堪らない。このままずっとアイドルだったらいいのにと思うこともある。
 でも、現実とは厳しくも辛いもの。場所さえ知られてないライブハウスで、わいわいと見慣れた推したちと盛り上がるもはや四年。わたしたちには売れる兆しさえ見えなぬしがない少女たちだし。
 アイドルでの稼ぎだけでは夢も見られないから、わたしは空いた時間にはバイトをしている。そんな子もきっと多いこの業界だし、のちのち苦労話として笑いあえる時も来るんだろうしね。

 一曲歌い上げたわたしたちは、いつものように客席に向かってコールする。
 「みんな盛り上がってる?」

 わたしは客席の後ろの隅にチャイさんがいるのを発見した。
 なぜ?多分、わたしがここでアイドル活動をしていることを知らないはずなのに。
 もしかして、日課である散歩の途中このライブハウスを発見したのではないのか?そして、表に貼られたフライヤーを見てわたしがステージに居ることを突き止めたんだろうか?
 カメラを首からぶら下げたチャイさんは私に向かって手を振る。

 「アリガトウゴザイマシター!!」

 小さなライブハウスの隅っこから、元気な声が響く。チャイさん、少なからず「ありがとうございました」ってお礼を言う『お客さん』はいるけどね……。すると、客席に居た推しのみなさんも山びこのように。

 「ありがとうございました!!!」

 以後、このコール&レスポンスはわたしたちのグループでのお約束となった。
 チャイさん。日本は楽しいですか?


トップ絵はAIと共に。

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