【短編小説】ピース星の少女
五歳になる娘と星空を眺めていた。月に照らされて輝くひと際目立つ惑星が見えた。
「あのおほしさま、すっごくきれいだね」
惑星は地球から見ると美しい。その光の瞬きが目を輝かせればそうさせるほど、ぼくは「ピース星」での出来事が心を苦しめた。
娘が指さす星の名は「平和」を意味する『ピース星』。
×××××
「平和とはなんですか?わたしに分かるように説明してください!」
前髪で片目を隠した少女が、ぼくに食って掛かかった。片手を握りしめ振り上げる姿が彼女の歳と釣り合わないと感じた。
「だから、お互いに争うこともなく、穏やかな状態を」
「争わないって状態って何ですか?そんな状況ありますか?」
「いや、誰かの権利や領土を脅かさない……」
「それが理解できません!」
ぼくはフリーのジャーナリストだ。星から星へと宇宙を股にかける一匹オオカミ、と言えばカッコいいだろう。逆を言えば根無し草。それもそれでいいものだろうと、旅を続ける。
取材用の宇宙船でたまたま立ち寄った『ピース星』のことを取材しようと、たまたま出会った少女に声をかけてみた。
ピース星に降り立った第一印象は荒廃した、目を覆うような状況だった。
だが負傷した行き交う人々は、何故か勇ましく見える。そして、何か見えないものが欠けているようにも見える。地球人のぼくからすれば。
だからこそ、純粋そうな十代ぐらいの少女を取材の対象に決め、人気のないあばら家の中で話を聞いてみた。片目が前髪で隠れた、裸足の少女だった。
「隣国を攻め入らずして、国の興隆などありえます?」
幼い唇からは想像もつかない思想だった。
「きみに聞いていいかな?何のために戦うのですか?誰のために……」
「そんなことも分からないんですか?大人のくせに」
昔読んだSF漫画のセリフがよみがえる。
『言葉は通じるのに、会話が通じない恐怖』とは、このことか。
遠くで爆発の音がしたが、「いつものこと。むしろ、進軍が激しくなっている」と、少女は動じなかった。彼女がぱたぱたと足をばたつかせると、傷だらけの足の裏が痛々しく見えた。彼女は前髪に隠れた左目をかばう様に手で包み込む。ぼくは質問を続ける。
「例えば。仮の話だ。隣の国に攻め入ってねじ伏せたとしよう」
「その隣国を徹底的に蹂躙しなければなりませんね!力こそ正義」
「じゃあ。……そうしたこととしよう。全世界の覇権を握ったとすれば、おのずと人々から平和の声があがるのではないのかい?」
「やがてその国には内乱が起きるでしょう。確実に。だから、覇権者は先手を打って、どこかでくすぶる反乱分子の首魁をあぶりださなければなりません。どんな手を使っても」
言葉を失う感覚は初めてだ。
「あなたは外患内憂の恐怖に欠けてます。本当に大人ですか?」
すっくと立ち上がった少女の前髪が揺れる。隠れていた左目は何らかの怪我で失われていた。
「勲章ですよ。わたしの弟なんか脚の一本や二本……」
少女は言う。
「平和って、尊いんですか?」と。
×××××
ピース星での役目を終えたぼくは、宇宙船で焦土から飛び立った。
ぼくが地を踏んでいた星。
船窓から徐々に小さく見える星。
遠ざかるピース星の闇が少女の前髪に隠れた左目、希望への輝きが少女の右目として重なった。
地球での暮らし。星と星との旅の終焉。
妻との出会い。
娘との出会い。
地球から見るピース星の光は冷ややかなぐらい美しい。
トップ絵はAI作成。
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