Doero Space 「起」
報告
恒星系間航行業務・民間武装輸送船「クラーク」
信号途絶から3光時の経過により「遭難」と断定
▶[AYA社製アイリン型中級輸送船・乗員89名(自衛武装員含む)。航路上に危険空間無し。救難信号無し。捜索隊はヘリオン恒星系標準時16時に出動予定]
[追記:貨物に未登録物アリ。不法操業の可能性を考慮し、警艦を随伴するものとする。変更に伴い、捜索隊出動予定時刻を本星時18時に変更]
◆
「セリナくん、ルートが少し外れたって?」ブリッジに戻って来た船長が言った、初老の気骨ある貌には無意識に他者の気を引き締める効果が報告されている。
「はい、ですがもう修正は終わっています。今オート(操舵)の方に不具合がないかスキャン中です」セリナは答えた。流石に大手の派遣オペレーターは簡潔に伝えてくれると船長は感心した、以前の奴は質問が多くて派遣元に養育費を払わせろとクレームが上がったほどだった「わかった。君も交代の時間だな、リックが食堂に居るから引継ぎしてこい」「了解です」
セリナとすれ違いざま、船長は努めて前方を直視した。でなければ彼女の胸に目が行ってしまう。彼女の所属元のオペレーションスーツは高性能で生地が薄い、身体のラインがくっきりと浮き出て目の毒である。セリナの胸は豊満であった。
[食堂]
食堂とはいっても簡素なものである。「そンだけ安い船って事さ、水回りもそうだ、中古で3億ってトコだな」そう言いながらニクマキを頬張るのはシーライ、ゼリーを食べながらそれを眺めるセリナ。並んだビジュアルは山賊と姫めいている。二人が仲良くなったのは配属初日であった
シーライは農星系出身の女性だ。農系らしい健康的な肉体と体躯、パワーと戦闘センスは他星系の男など相手にならない。現在乗船する派遣武装戦闘師の中でも随一の実力者で胸は豊満ある。叩き上げのシーライと、いわゆるホワイトカラーのエリートであるセリナとでは水と油に思えたが、なかなかどうして馬が合った。
セリナはマシンスリープに入る前にこうして彼女と話すのが楽しみであり日課となっていた
「そういや来ねえな、リックとかいうの」「そうですね、食べかけがあるので すぐ戻ってくると思ったんですが」「貨物見に行くとかって言ってたぜ。おもしれーのがあんだと」シーライはミルクを飲み始めた
「ちょっと見てきます」「熱心だな」「引継ぎがあるので」「大変だなぁ。あ、オレここに居るからさ、すれ違いであっちがココ来たらコールするよ」「ありがとうございます、…シーライは貨物に興味は?」「あるけどないね。門外に関わらん方がいい、良いこと無え」
「あ、そうだ」「はい?」「多分下の方だと思うぜ。5番より向こうだな、予備倉庫とか。通常貨物のリストに面白そうなンて物無かったはずからよ」「ありがとうございます」「おめえからもリックに言っとけ、積み荷に関わるなってな」「はい」苦笑しながらセリナは食堂を後にした
[7番倉庫「予備空室」]
「リック、見えるか」「マジかよ…ホントに積んである…!」「俺等の目はごまかせねえんだよなぁ、ありゃカプリコン社の「クーラーボックス」だ」何もないはずの第7倉庫には、5m四方ほどの厳重金庫のような物がいくつか置いてあった。貨物リストに無い不法積荷、いわゆる「オバケ」である
亡命の手引きなんて嘘だぜ、あんなモンに人入れたら死んじまう。俺の見立てじゃ…」「いや、待てよ、船長は騙されたってのか?」「それか騙されておいた、だな」
倉庫の暗がりで会話する3人の男。一人はリック、この船専属のお抱えオペレーターである。あとの二人は乗客として乗船しているドモウ、デイアス。リックの昔馴染みで現役の宇宙ヤクザであった
「知ってたらとても運べねえようなモンだぜ」「中身を知ってるのか?」「リック、具体的な中身なんてどうでもいいんだ、ヤベーモンってわかりゃ十分なんだよ、後は、誰が入れたか、だ。重要なのはそこだぜ」「デイアス、本当にやるのか?」
「昔のよしみで誘ってやってんだ、有難く思えよ」「リックくん、正規クルーのお前が脇に立ってりゃ話のスムーズ度が違うんだ。脅しってのは怒鳴る事じゃねえ、理詰めなんだ、わかるだろ?」「そうそう、お前はコレを知って、脇に立ってる。それだけでいいんだ、楽な仕事だろ」
「……」
「よし、そういう訳だ。デイアス、目星はついてんだろ?」「303号室の奴らだな。カタギの目じゃなかった、あれで旅行者だったらお笑いだ」「ハッ!俺らのシマで運びやろうなんざ1000年早えのよ!リックくん、久々に俺たちのネゴシエーションのワザマエを見れて興奮すんだろ」「ああ、まあ…」
((リックさん、居ますか?))
遠くから女性の声が近づいてきた。「リック、客だ」「オバケの事は はぐらかしとけよ」「あ、ああ」
[貨物アクセス通路]
「ここにいらしたんですね、船長から引継ぎをするように言われまして、食堂に戻っても?」「いやぁすまねえ!わざわざお疲れさまだ、今戻ろうと思ってたとこだぜ。バーガーが食べ途中なんだ、パサパサになっちまったかなァ」
「…面白い荷物はありましたか?」「え………………………いや、……ねえな…そお、いや、正直に話すとよ、知り合いに会ってな、今積んでる…チコの実、あるだろ?そいつを売ってくれねえかってな!バカな相談なんだがよ!横領?横流しだ!」「そうなんですか」
「もちろんキッパリ断ったぜ!そういうズルはしねえのがウチの事業所だからな!」「そうですか」セリナはリックの与太話自体は聞いていなかった。リックが歩いてきた通路、その向こうは積載物のない空の倉庫のはず。それに今喋ってる程度の話、わざわざ食事を中断し倉庫まで来てヒソヒソ話す理由としてそれだけでは若干弱い……話しの相手はまだ倉庫周辺に居るのだろうか?だとしたら退去願わなければならない
「そのお知り合いは…」「ああ、もう帰ってるぜ、……そう!ここらは本来客人が入れるトコじゃねえからな!スタッフオンリーだぜ!…船長には黙っててくれるか?」リックはいつにも増してひょうきんな顔であった。セリナは違和感を覚えたが、馬鹿馬鹿しさが勝り、どうでもよくなった
「リックさん、こちら、引継ぎの申し送りデータです。」「うわ。相変わらずちゃんとしてんなセリナちゃんは」リックは渡されたデータを流し読んだ「欲を言えばもうちょっと、エー、くだけた文章で書いてくれるとベストなんだよな」「これ以上砕いたら適切なニュアンスが伝わりません」
食堂に着くとリックは乾いた食いかけバーガーをスペースコーラで流し込み仕事へ向かった。セリナとシーライも食事を終え、食堂を後にした。セリナはシーライの部屋に立ち寄った。
[シーライのプライベートルーム]
「コレ、やるよ」「え?」シーライがセリナに手渡したのはハンドガンであった「珍しいなと思ってよ、オペレーターでも丸腰はなんか見てて落ち着かねえ」受け取ると、重い。セリナは銃には詳しくない。実銃の存在感に慄いた
「ココみたいな単独操業ってのは海賊からしたらカモだ。ホントは清掃員の一人に至るまでナメられねえような「面構え」で居なくちゃいけねえ。「カマシ」を入れられた時に映像通信をやる、そん時映ってるクルーがオペレーターに至るまでプラズマライフル装備して「そういう面構え」で居れば向こうは諦める。割に合わねえってな」
「へえ…」「でもいきなりプラズマライフルは無理だろ?さすがに道具に装備されてる感が出ちまうと思ってね、ソイツならだいぶ楽だ。弾もナインパラだからこの船の備品と同規格」「ええ…すごい」
女性から兵器の講釈を聞くのは初めてだったセリナ。「なんだよ」「いえ、ごめんなさい、ちょっと可笑して、ふふ」「なんだよー」しばしイチャつく二人であった
「まあ、ソレ使い方はその品番のVガイドを見りゃいい、カワイイシール張ってもいいぜ。使い慣れてる感が大事だ」「ほえ…」「コーヒーでも飲むか?」シーライは立ち上がり給湯ユニットを操作する。「あ、どうも」とその様子を眺めるセリナ。シーライは衛兵装備をすべて外したアンダースーツ一枚だ。
「(すごい…)」体に密着するスーツから浮き出た実用的な筋肉、その構造美に見惚れずにはいられなかった、少し体が熱い。
[pーーッ]…給湯器の音ではない。シーライはインターホンに答えた「誰か」『ゴーグだ、仕事だシーライ』「海賊?」『や、船内の揉め事だ。準備して客室303号に来てくれ、先に行ってる』プツ「まったく、手当は出るんだろうな」「どうかしたんですか?」「大したことじゃない。かったるいおつかいさ。セリナ、この後はすぐ寝るのか?」支度を始めるシーライ
「そうですね、寝ます」「それがいい。起きたころには終わってるだろ、ハイジャックでもなきゃな。いや、ハイジャックでも何とかなるか」「ふふ、頼もしいです」セリナは席を立った「セリナ」「はい?」シーライは出口へ向かうセリナを引き留め、頬にキスをした
「おやすみ、マシンスリープじゃ難しいだろうが、良い夢見ろよ」「…はい」半ば放心状態で外へ出たセリナ。後で知ったことだが、シーライの故郷での親愛の挨拶らしい
[共同寝室・マシンスリープルーム]
何の装飾もない白い壁、整然と並ぶ棺桶めいた白いスリープマシン。なんてことのない、まさに寝るためだけのスペースである。リラクゼーション音声もアロマもない、照明は他の区画と同じ明るさ、シーライの言っていた「安さ」の一端をひしひしと感じる造りである
セリナはオート清掃の消毒臭さが若干残るマシンに身を横たえ、起動した。
『オツカレサマです!何時間寝ますか!』システム音声の音量がデカい。「7時間でお願いします」『了解ですよ!荷物はサイドボックスに入れろ!目を閉じたら寝ます!』安さを感じた。だが、愛嬌のようなものも感じる。携行品とシーライからもらった銃をベッド脇の空間に入れるとシャッターが閉じ収納した。
本社のマシンスリープはこのマシンより遥かに快適だったが、こういうのもまた違ったリラックス効果があるのかもしれない。苦笑交じりに目を閉じると、入眠パルスが漂ってきた
意識が遠のく中、セリナの脳は睡眠に先んじて情報の整理を始めた。オート航行に不具合があったら大規模なメンテナンスが必要になるかもしれない…リックが挙動不審であった事と、揉め事に因果関係があったりするのだろうか…シーライのキス…シーライはいい匂いがした…
マシンスリープが完全に稼働状態に入り、セリナが深い眠りについた数分後であった、船内にアラートが鳴り響いたのは
―続く―
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