見出し画像

スター誕生前、誕生後の物語。「歌え!ロレッタ愛のために」

カントリー・ミュージックは日本でマイナーなものと相場が決まっている。アメリカ本国では人気がある、そんなカントリー歌手の伝記映画を日本で公開したとしても、まるで受けるはずはなく。
ロレッタ・リン(Loretta Lynn)の伝記映画:原題 Coal Miner's Daughter(=炭坑夫の娘)を大層な邦題「歌え!ロレッタ愛のために」として1980年に日本公開した時も、同じく。
「キャリー」で有名な「見るだけでナーバス、不安になってくる女優」ことシシー・スペイセクが演じ、熱唱する。少なくともステージに上がるスターのキラキラしたオーラ感がないことに不安を感じる方もいるだろうが、ご安心を。
  「主婦として欲求不満」「スターになる前の不安感」「スターになった後の不安感」彼女の身体が持つ不安定感が100%発揮。1粒で3倍美味しい映画なのだ。

 ロレッタ・リンは1932年4月14日にケンタッキー州ブッチャーズホロー(Butcher Hollow)という小さな炭鉱町で生まれた。彼女はその日の燃料をボタ山で掘り起こし、ランプ一つだけで夜は過ごすような、ぎりぎりの貧しい家庭で育つ。
長じたロレッタは、後に夫となる恋人:オリヴァー・ヴァネッタ・リンと出会う。彼のジープに乗ってデート:そこらじゅうの野道を走り回る。当たり前だが道は舗装されておらず、土の匂いがむせ返ってくる。土と煙で汚れた街を一時的でも離れて、湧き上がる風の匂いに、彼女は心躍らせる。
夜遅くに帰ってくるロレッタは、薄暗い部屋:ランプを一つだけ灯した中で、父親と家族に待ち受けられている。帰ってきた彼女を殴ってのす父親、母親も父親を擁護してばかりで、軽くホラーな風景だ。

オリヴァーと結婚して生活が下の上になったも束の間、オリヴァーに音楽の才能を見出されたロレッタは、歌手としてのキャリアをスタートさせられる羽目となる。オリヴァーがギターを買ってきたのをきっかけとして。以下二人のやり取りをIMDBから引用。

Loretta Lynn: [Doolittle buys Loretta a guitar] Doolittle, I can't play that thing!
Doolittle Lynn: Well, most people can't till they learn how, dammit!

https://www.imdb.com/title/tt0080549/quotes/

「やってみなはれ」の一言で、家事の合間を縫ってギターを練習するロレッタは、才能があったのだろう、とんとん拍子で上達させていく。
さあ、これで夫と共に音楽を追求できる…
といえば聞こえは良いが、しょせんは未だそこらへんにごろごろいる「声が良いだけの」人妻。そもそもロレッタは人前で歌いたくないのに、ムリに夫が売り出そうとするのに反撥する。夢を語って浮つく男に対し、現実を見る妙に冷静なロレッタ。
口論の末、最終的にロレッタは折れる。1960年、実家に子供4人を預けて、夫と二人、巡業の旅に出る。
勝負曲は「I'm a Honky Tonk Girl」。

この曲を売り込むためのレコードの録音にも一苦労。伴奏者を増やすのも、ポケットマネーからの持ち出しとなる。ステージも、地元のクラブで渡り歩いて演奏を行うドサ周りする、カツカツぶり。
なんで有線に乗らないんだと、ラジオ局に凸することもなる。「電波に乗せたけど、ウケなかった」とDJに袖にされる。それが、ロレッタのハートに火をつける。夫も時に止めるくらい、必死の形相で、各地のステージに上がり、各地のラジオ局に曲を吹き込む。

ひわいにもうっかり「ソーセージ」と発言してしまった放送局で知るレコードのチャート:業界紙で14位と出る。巡業中の車内で、夫が駆けっぱなしにしていたカーステレオに流れる1位のチャートに乗るまではまだ遠いと思ったのも束の間、ネオン瞬くロサンゼルスにたどり着いたのが転機となる:ステージに上がったその夜、パーソナリティ直々に「来週もこのステージで歌ってください」と告げられたのだ。

そして、ロレッタ憧れの歌手パッツィー・クラインのナショナル・ツアーに「前座として」同行、全国区人気のパッツィーのステージの度に歌うことで、その人気を不動のものにしていく。
他方で、オリヴァーは、スターダムにのし上がる彼女を引け目に、精神のバランスを崩し酒浸りになっていく。

この後の展開は所謂「スター誕生」と同じなので、くどくど記さない。それでも、オリヴァー演じるトミー・リー・ジョーンズとシシー・スペイセクが熱愛期を過ぎた夫婦としては四の字に愛憎込めて組み合うさまは、大したもの。
オリヴァーのことに加えて、日中のステージどころか舞台裏でも(出待ちがいるせいで)「皆に求められる姿」を徹底せざるを得ないがために、プレッシャーで精神のバランスを崩すロレッタ。
ついには「歌えない」と彼女が公言したステージにおいて、歌の代わりに涙をぼろぼろ流しながら自分の半生を振り返る(ネガティブ一色の)「自分語り」をする様も、大したもの。

そんなプライベートの諍い&師ともいえるパッツィーの突然の死を迎えて、一時休養に入ったオリヴァー。しかし、もはや一介の家庭人ではない、パッツィーの後を継ぐカントリー歌手の大スターは、ひとところにはとどまれず、ラスト、再びステージに上がるための旅に出るところで、本作は締めくくられる。
エンディングロールに流れるのが、ロレッタ本人熱唱の「Coal Miner's Daughter」。彼女はこの歌を契機に、沈黙の60年代後半を過ぎて、70年代に再起するのだ。

母国アメリカでは今でもなお、ロレッタ・リンはカントリーミュージックの女性アーティストとして、その逆境を乗り越えた生涯と感情豊かな音楽で多くの人々に愛されている。
彼女はカントリーミュージックの偉大なアイコンの一人と見なされており、その楽曲は今でも多くのファンに聴かれている。
そんな彼女の人となり、パッションが、画面越しに伝わってくるような、映画だ。


この記事が参加している募集

#映画感想文

67,972件

この映画の話は面白かったでしょうか?気に入っていただけた場合はぜひ「スキ」をお願いします!