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香港ノワール「インファナル・アフェア」_過去を捨てたふたり、生き残るはひとり。

毎年年末となると思い出す映画がある。 インファナル・アフェア三部作。
旧劇場版「エヴァンゲリオン Air/まごころを、君に」の聖地たる新宿ミラノ座 、その2014年12月29日のクロージング上映:一日かけてぶっ通しで観たものだ。

忘れられないのは、「警察上層部に侵入しているマフィアの構成員」と「マフィアのボスの右腕となっている潜入捜査官」という設定。
その設定がうむ見事な緊張感、また香港映画らしい半ば強引なストーリー運びが、素晴らしい。

のちにマーティン・スコセッシの手で「ディパーテッド」としてリメイクされた本作。あちらが「動」なら、こちらは「静」。 少し語ってみたいと思う。

18歳の二人の青年は、皮肉にもそれぞれ同時期に、警察とマフィアに身分を隠して潜入することを命じられる。そして、10年後。大きな麻薬取引が行われるとの情報を、マフィアに潜入するヤンから受けた警察は覚せい剤勢力の一斉検挙をもくろんでいた。緊張感みなぎる中、取引現場の追跡が展開していたが、警察に潜入するラウからその機密情報がマフィアに流れ、検挙も取引も失敗に終わった。双方に内通者の存在が明らかとなり、裏切り者捜しに乗り出す警察とマフィア。そして、遂に二人が対決する時がやってきた・・・。
【スタッフ】
監督:アンドリュー・ラウ/アラン・マック
脚本:アラン・マック/フェリックス・チョン
美術:チウ・ソンポン/ウォン・ジンジン
衣装デザイン:リー・ピックワン
撮影:アンドリュー・ラウ(HKSC)/ライ・イウファイ(HKSC)
視覚効果顧問:クリストファー・ドイル(HKSC)
アクション指導:ディオン・ラム
編集:ダニー・パン/パン・チンヘイ
音楽:チャン・クォンウィン
音響デザイン:キンソン・ツァン
【キャスト】
ラウ:アンディ・ラウ
ヤン:トニー・レオン
ウォン警視:アンソニー・ウォン
サム:エリック・ツァン
ドクター・リー:ケリー・チャン
メリー:サミー・チェン
若きラウ:エディソン・チャン
若きヤン:ショーン・ユー
メイ:エルヴァ・シャオ
キョン:チャップマン・トウ
B:ラム・カートン

ポニーキャニオン  公式サイトから引用

トニー・レオン(1962- )演じるは、潜入捜査官ヤン。ヤンの行き場のない四面楚歌な状況や、すさみ切った生活の中から描き出される「悪への同化と正義への使命感」のうつろな浮遊感を見事に漂わせている。
アンディ・ラウ(1961- )演じるは、「警察にもぐりこんだマフィアの構成員」ラウ。全くスキのないエリート警官ぶりとその不敵さを、シャープでハンサムな風貌で演じあげている。
まさに本作は、この超一級の香港の2人の俳優の存在があったからこそ出来上がった世界観でもあるのである。

そして、脇を固めるこの2人。アンソニー・ウォン(1961- )エリック・ツァン(1953- )の存在感。アンソニーもツァンも、ほぼ同い年なのに、ラウとヤンよりも貫禄がある様に見えるのが、信じられない。
アンソニー演じるウォン警視は、一見冴えないオヤジ、しかし悪撲滅の使命に燃えている。ヤンに指示を出し、ラウを部下に置く。
ツァン演じるマフィアのボス:サムは、一見愛嬌あるオヤジ、しかし残虐な性格を時にむき出しにする。ラウに任せ、ヤンを可愛がる。
主役2人の運命が交錯するとともに、ウォンとサムもまた交錯している。
第二部で、この二人の過去の因縁がクローズアップされたのも、むべなるかな。

この男ばかりの胸騒ぎを支えているのが、クリストファー・ドイルのカメラワークだ。
美しい港都市ぶりを映し出す、青空とビルと山のコントラスト。
クライマックス、地下駐車場での警察隊ギャングの攻防。
男たちが邂逅する世界は、すべてが「美」に満ちている。

そのうえで、息を呑むくらいの素晴らしい緊張感にも満ちている。
それは、「悪」と「正義」が錯綜する二重生活を送る2人の男性=ヤンとラウの孤独の日々の苦悩、そんな中でも賢明にあがく姿を描き切っている所だろう。
この作品の魅力は、「人形遣いから逃れられない二体の感情を持つ人形」が、その紐をいかに切ろうかと悪あがきする姿にあるのである。
やがてその紐が二体の人形同士絡み合ってしまい「抜群の緊張感」が生まれる。


そして、物語は文句なく素晴らしい最後の終幕へと導かれる。
ウォンもサムも命を落とす。ラウは、元いた場所=マフィアの世界に戻りたくない。ヤンは、元いた場所=警察に戻りたい。
「警察とマフィアに身分を隠して潜入する」スパイが存在する真実を知るのは、ラウとヤンのみ。ヤンはラウをスパイとして突き出すべく、ラウはヤンを消すべく、美しく澄み切った青空の下で対峙する。

運命の終局。
結果は、いまを生きるために、過去を振り返らず、断ち切った男の勝利。
それは劇中何度もリフレインする「被遺忘的時光」の歌詞が、言い表す通りだ。

是誰在敲打我窗
是誰在撩動琴弦
那一段被遺忘的時光
漸漸地迴昇出我心坎

(訳)私の窓を叩くのは誰?
私の琴線に触れるのは誰?
あの忘れられた時間が
ゆっくりと私の心の奥に浮かんでくる


イーチャイナアカデミー運営中国語学習サイト から引用

「正義」を手に掴み、過去の「悪」を密かに埋葬して警察組織でのエリートの道を登りつめることに決めるラウ。
他方、「過去を捨てられなかった」ヤン。彼は「正義」の為に「悪」の世界に入り込み、やがて「悪」の世界との同化に恐れおののき、そして、這い上がれずに死んでいく。無残だ。
よく晴れた天の下で、男がかつての仲間に撃たれて殺される、残酷な結末。


過去を捨てたものが生き残り、過去を捨てられなかったものが死んでいく。
当然の結果か?

しかしラウもまた、捨てようとした過去に追いかけられて、第三部で無限道に堕ちていくのである。


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