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さァ、サービス、サービス!「牛乳屋フランキー」(中平康監督、1956年作品)

「サービス、サービス」とは、葛城ミサトさんがエヴァンゲリオンTV版次回予告で最後に言うフレーズ。これは 「エヴァは通常のTVアニメに 比べるとサービス過剰な作品」と庵野監督(およびガイナックスのスタッフ)が発言するほど、名作保証である自信に満ち溢れていた、裏返し。
いまから約70年前の喜劇映画、フランキー堺が主演する「牛乳屋フランキー」は、中平康のいわゆる「映像テクニック」によって仕立てられたスピーディなスラップスティックコメディ。人情喜劇風のストーリーにベタなダジャレから、体を使ったギャグ、それに細かい小道具までをサービス過剰なほどに詰め込んで一気に見せてしまう。そのダジャレやギャグがいま時分笑えるかどうかは、ともかくとして。

堺六平太(フランキー堺)は親戚の経営する、森永牛乳を扱う杉牛乳店を応援するために、はるばる長州から上京してきた。先輩(小沢昭一)と同じ部屋に住み込みで、ワクワクしながら仕事初日の前夜、ぐっすり寝いる。

なお、本作公開の前年、1955年(昭和30年)8月に森永乳業は、 森永ヒ素ミルク中毒事件を引き起こしたことにより企業イメージを著しく失墜させた。本作における露骨なタイアップは、企業イメージの向上を図ってのものであること、間違いない。

六平太張り切る。張り切る方向が明後日を向いているので、杉牛乳店での日々は、くすぐったいほどズレている。そこが笑える。
以下、本作に仕込まれたギャグの数々を箇条書きしてみる。

  • 汽笛に、犬の声に、飛び起きては先輩を起こす、そのたびに先輩に殴られる、繰り返しのギャグ。

  • 朝早くの配達、軒先で非常識に叫んで「牛乳入れますね!」と一瓶ずつ入れていく田舎者の六平太。当然、住人に叱られるので、今度は文字通り音も立てずに牛乳を入れていく。「風邪で声が出ないのかい?」と配達先の住人に不思議がられる。

  • 拾ったご主人を交番に届けて以降、牛乳ついでにこれも届けてと、六平太は頼まれるようになる。サービス向上のため業務の範疇外でも断れない六平太。以後、奇妙なヒトビトへの奇妙な届け物を行う狂言回しへと六平太は化す。

  • なぜか映画関係者にものを頼まれることが多い。映画会社の助監督にはラブレターを恋人に届けるように頼まれる。本作のプロデューサー:水の江滝子宅に届ける内輪ネタもある。

  • 牛乳配達のため、団地を4階まで駆け上がり駆け降りたと思ったら、次の階段を駆け上がり駆け降り、そのまた次の階段を駆け上がり駆け降りる。恐るべきことにこのシーン、ワンカットで撮影。キートンもびっくりのバイタリティで体を張って、フランキー堺は、魅せる。当然、最後の階段をよろよろと上がっていくころには、ガチでフラフラ。

  • 団地の階上、ここには、すごくワガママで長風呂大好きなマダムがいる。次の配達先があるのに、待たされ、足踏みさせられる六平太。なおミルクはペットに飲ませる模様。そして石鹸で転んだ弾みで、泡風呂の悲喜劇が突発的に起こる。
    そこに出っくわしたライバル店:ブルドック牛乳に移籍済の小沢昭一先輩とガキの口喧嘩を繰り広げる六平太。なおも床が石鹸まみれで、転げ回るギャグが飽きることなく続く…。

  • 牛乳屋同士の軒先での抗争は激化する。小沢昭一先輩は、杉牛乳店の牛乳入れ箱を壊そうとする。それを咎めて、先輩を自転車で追いかける六平太。途中女のコをチラ見して、アクロバティックにコケる六平太。

  • 配達仕事から帰っても六平太の休みはない。同じく牛乳店に間借りしている、階上の小説家に朝ご飯を運ぶことになる。絵に描いたような紙屑が転がっている。六平太が読み上げた途端、小説家はインスピレーションを得る。だがそれは、ヨットハーバーで女の子に恋される、三文小説。自称専業文筆家よりも夜、寝床でパン齧りながら手紙を書いている六平太の方が、遥かに文才あるというギャグ。

  • いつしかそれは意地の張り合いになって、二者の自転車レースと化す。小沢が「もうやーめた」と降りたあとも、一本道をまっすぐ走っていくフランキーの自転車。必死に走りすぎて当時はど田舎:埼玉・西浦和までたどり着いてしまう。

ともあれ、「サービス、サービス」の掛け声もとに、六平太が手紙を配達したり買い物を手伝ったり牛乳配達+αの小間使いをしたおかげか、営業エリアが拡大、実績が上がったことを褒賞されて、森永乳業と契約している富士の裾野の牧場見学に招待してもらうのだった。牧場でもギャグが続く。

  • テレビCMを意識した構図で、森永牛乳のCMソングを歌う六平太。アメリカンでバカっぽい。

  • 暢気な歌を歌っていたところ…からの、なぜか西部劇。じつは日活ならぬトンカツ映画会社が同じ場所でロケをしていたのだった。後に本格化する日活アクションを予言?

  • なお監督のイスは「巨匠」の文字が。馬鹿すぎる。果たして六平太がその椅子に腰掛けた途端、転覆する、ベタベタなギャグ。

  • 映画ロケから影響を受けた子供と西部劇ごっこ。

とまあ、いつまでもダジャレやギャグが続くと思えた本作は、最終的に税務署からブルドッグ牛乳に差押さえの係官がやってきて事態は解決?
エンディングは落ちぶれたブルドッグ牛乳店主が一人、自転車を漕いでいると、通りがかる杉牛乳店の面々。ブルドッグに挨拶をして並木道を走り去っていく一行をロングショットで追いかける。
と、いきなり目の前をバスが横切ります。そこには「信用ある(K)日活映画」ロゴが。そして、OWARIのエンドクレジット。
「サービス、サービス」の掛け声とともに映画は始まり、「サービス、サービス」の中に映画は終わるのだった。

結論。
意図的に作ったかわいい声で、「さいなら」ほか一言一言がいちいちダサい田舎者の六平太に注目すべし。
ギャグの洪水の中にさりげなく、東京の貧富の格差:一本の牛乳を五人で分ける児童に対し牛乳を皿で犬に飲ませるお金持ちがいる当時の現実にも、注目すべし。


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