「自由になれ。反対者はみな斃せ。」「それじゃ奴隷主じゃないか!」_"Abraham Lincoln: Vampire Hunter"(2012)
アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンとは、偉大な人物であったことは疑いのないところ。貧困から学問によって出世し、急速に地位を固め、ついには若くして大統領に就任するという、アメリカン・ドリームを果たした人物として。奴隷制度を廃止し、結果として自由労働を牽引、自己所有権を成立させることに成功した法の擁護者として。あるいは、南北戦争の勝利の立役者:常に節制と政治における決断力とを発揮し、冷静にして沈着な方針を固守しつづけ、困難と危機の中を通じて舵を正確に取り続けたリーダーとして。
他方で、彼が正式な学校教育を受けたのはわずか一年たらずであるのにかかわらずすこぶる多才であるところ、あるいは「政治家で詩人、経済学者で発明家、政客で戦略家、法律家で哲学者、農場労働者で実業家、革命的理論家で保守的立法者、労働者の味方で既得利権の擁護者」というように大勢の人の性格を一身に備えもっていたと記録に残っているところ。彼の全体を浮き彫りにすることは思うだにできず、それは今なお多くの研究者を悩ませてやまない。
そんな彼の複雑な性格のひとつに「吸血鬼ハンター」を据えた、B級まっしぐらなトンデモダークファンタジー映画「リンカーン/秘密の書」より。…嘘じゃないって。ベンジャミン・ウォーカー演じるリンカーンの(予告編における)語りからして、こんなありさまである。
いちおう、彼の一言ではくくれないキャラクターを言い表しているという。
ともあれ、吸血鬼と奴隷制を結びつけた設定は興味深い。というのも、
リンカーンの母は奴隷商人にして吸血鬼でもあるバーツに殺された。
吸血鬼たちはアメリカ南部に拠点を築き、奴隷制を利用して(早い話が、黒人たちを食べて)眷属を増やしている。
先輩ハンター:ヘンリー(演:ドミニク・クーパー)の常人離れした特訓の下、力をつけたリンカーンは、母殺しの仇:バーツを仕留めることに成功する。悪を許さない、という思い自体は変わらない。始祖たる吸血鬼:Adamを滅ぼすため、吸血鬼ハンターとして手斧を片手に夜を彷徨う。
やがてリンカーンは、吸血鬼を生きながらえさせているシステム=奴隷制そのものを打破する必要があると気づき、「奴隷制と吸血鬼をイコールのものとして」政治の世界へ打って出る。すなわち、夜は斧で吸血鬼と戦い、昼は紙とペンで代議士を目指す。
と、「なぜリンカーンが奴隷制を無くそうとしたのか」ただ人道的である、にとどまらない、映画として納得しうる動機付けがなされているからだ。
友達として仲良くしていた黒人奴隷ウィリアムが、商人バーツの鞭で打たれているのを見て、その異議申し立てを行って以来、リンカーンのこの世の悪を許さない、真っすぐ純粋な人間性は変わることはない。その人となりは、晴れて大統領となった後対面した吸血鬼の始祖Adam(演:
ルーファス・シーウェル)との以下の対話に、よく表わされている。
Adamの人を食ったような返しぶりも、幾千年を生きた吸血鬼という感じがして、好い。
アメリカ連合国を利用しながら、戦争の影に乗じてアメリカをおのれらの国にしようした吸血鬼どもは滅び去り、南北戦争は終わり、時代はリ・コンストラクション、新しい一歩を踏み出そうとしている。
1865年4月14日、観劇へ向かうべく、後世への伝記を記すペンをいったん置いたリンカーンは、ヘンリーの「永遠の命を得ようよ」という誘いも断って、執務室を発つ。
そこで、はなしは突如現代に飛ぶ。
時は2012年。歴史上「白人の家(ホワイトハウス)」だった場所に、はじめて黒人の大統領夫妻が居を構えている。夜のホワイトハウスの外観を映したテレビニュース生中継を見上げ、ショット・バーで飲んだくれている男、なにやら大きなことをしでかしそうに、緊張からか、身体がぶるぶる震えている。その男の姿を見咎めた:おそらく親友の悲劇をも目の当たりにしてしまったであろう、実は吸血鬼だったヘンリーが
と、その身柄を取り押さえたところで、余韻を残して、映画は終わるのだ。
よりにもよって本作と同じ2012年には、スティーブン・スピルバーグが
との言葉が似合う、不屈の政治家として描き出した作品をこの世に送り出している。
真っ当に比較するだけ酷。ポール・トーマス・アンダーソンの映画が好きなシネフィルにとっては×でも、「ダメなほうのアンダーソン」の映画が好きな人にとっては暇つぶしになりうる作品といえるだろう。
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