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名前負け!ガメラの監督による"大映最後の青春映画"「成熟」

独り歩きする伝説、というのも存在する。崩壊寸前の映画会社が最後に送り出した、それも伝説的なシリーズの監督が携わった映画であれば、なおさら。

1970年、関根恵子(現:高橋惠子)氏は「高校生ブルース」にて、妊娠する女子高校生という当時としては衝撃的な役で、大映映画からスクリーンデビューを果たす。
以後『おさな妻』『成熟』と、悪者だらけの家族に囲まれ、自然早熟するほかなかったティーンエイジ役にてキャリアを積んできた彼女。1971年主演第7作、大映青春映画路線最終作にして、大映最後の作品「成熟」の主演を務め、その末尾を飾ることとなる。

庄内平野の田園地帯に伝わるいくつかの古い祭を背景に、伝統的対立関係にある農業高校と水産高校の生徒たちが友情や恋を語り合う。
話自体はさしたる新味のないものであり、自然、半世紀後の私たちの目線は、天神祭り、出羽三山神社の八朔祭りなど庄内地方の祭りの賑わい、月山や湯ノ浜温泉など庄内平野の山海のロケーション風景、そしてコメディリリーフの伴淳三郎に注がれる。本当に本作の伴淳は良い仕事をしている。
監督は、昭和ガメラシリーズを一手に引き受けた湯浅憲明。デビュー作の歌謡映画「幸せなら手をたたこう」でも見せた、手堅い演出を、困難な製作環境の中で、見せている。

本作、私は「第25回 調布映画祭2014」3月9日(日曜日)の上映回にて、文化会館たづくりグリーンホールにて鑑賞している。
上映後、本作の助監督を務めた小林正夫氏(その後も大映→徳間書店に籍を置き、押井守「天使のたまご」や岡本喜八「ジャズ大名」の企画を手掛ける)のトークショーがあり、これも拝聴した。「調布映画祭」そのものも「映画のまち調布シネマフェスティバル」と名前を変え、ネット上の記録もほぼ散逸しつつある中で、記録として話された内容を、ポイントだけでも書き起こしておく。

湯浅監督について:
ガメラの着ぐるみ着れるんじゃないか、というくらい、身体が大きかった。低予算映画が中心で、大映内でも扱いが悪かった。そんな低予算でも、いいものを作ろうとする実力がある人だった。繊細に取る一方で、割り切りが良かった。自然早仕上げ志向になって、青春映画、子ども映画中心に担当するようになった。だからテレビの時代にも、子供向け特撮の監督や青春ドラマの監督として、上手く定着することが出来た。
「成熟」について:
小林氏はスケジュール設定を助監督として務めた。ラスト近く、列車と並走するシーン。あれは列車と車で並走して撮った。スクリーンプロセスもセットもない。だからトンネルに入る前と出た後だけ撮って、トンネル内の部分は、暗幕を前にした俳優だけを撮ったカットを入れた。「天国と地獄」と似たような方法だ。
全体の出来としては庄内平野当時の記録映像、或いは郷土愛考える青年の物語といっていいだろう。しかしその中でも、普通の映画じゃないような、各地で祭りを撮った。地方のフィルムコミッションの奔り。タイアップ。といってもよい。
関根恵子について:
1人でいることが多かった。庄内弁の勉強など勤勉家だった。

湯浅監督について、思い出深くしみじみと語っていたのが、印象的だった。


さて、「成熟」のラストシーンは生徒たちをかばって引責辞職し東京へ帰る教師の乗る列車を全員がオートバイに分乗して追いかけ、お別れの手を振って声の限り叫ぶ。少女たちは涙さえ浮かべている。
関根恵子、篠田三郎、小野川公三郎、八並映子、菅野直行といった末期大映を支えた顔が揃い、さよならを告げながら、やがて映画は終幕を迎える…。
そして本作が大映配給の幕引きとなる。

とはいえ、現在もなお大映東京撮影所が存続しているのはもちろんのこと、大映京都撮影所も労働組合主体でその後も運営・映画の製作が行われ、徳間書店買収→角川書店に売却のち、大映のロゴマークがスクリーンから消滅するのは、もう少し先の話となる。


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