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インド映画「地上の星たち」_少年は、どうやって、自分の地図の色を塗る?

ラージャマウリ旋風尚もあり。いま日本で一番有名なインドの俳優といえば「マカディーラ」と「RRR」のラーム・チャラン。「バーフバリ」のプラバース、など、髭面でありながら愛嬌ある、鉄拳で悪い人間をぶちのめす、それでいて心は優しいマッチョな男優となるだろう。シュワルツェネッガー、ドウェイン・ジョンソン、マ・ドンソクの系譜。

10年前のそれは、言うまでもなくアーミル・カーン(Aamir Khan)だった。インドの映画俳優、映画プロデューサー、映画監督として知られる、インド映画界の著名なスーパースターの一人。1965年3月14日にムンバイで生まれ、今なおボリウッド映画で活躍する知性派の名優。
ちょうど私が大学生の時代に日本に上陸、一部の熱狂的なファンを生み出した「きっと、うまくいく」も2011年公開作品。もう10年以上も前の作品なのである。日本におけるインド映画の受容においても、綺麗に世代交代が生じている感とともに隔世の感。

さて、「サティメヴ・ジャヤテ(Satyamev Jayate)」というテレビ番組を主催し社会的な課題について議論、 さまざまな慈善団体や社会的なプロジェクトに関与し教育・健康・災害救援などの分野で支援を提供する慈善家でもある、彼みずからプロダクションで製作する作品は、社会に対するメッセージをエンターテイメントの中にうまく織り込んでいる。
そのうちの1作品、日本では未公開、彼が初監督にして主演した「地上の星たち」より。「外から見ればちょっと変わった子」を主人公に、自身は教師を演じる。

オープニングは数字が画面を這う。08年の映画とは思えない、アニメチックなCGの使い方!そしてこれは、伏線でもあるのだ。

主人公の少年イシャーン・アワスティ(Ishaan Awasthi)は教育熱心なパパ・ママとその期待に応える兄貴と4人家族で暮らしている。
「ゴールに向かって突き進め!」な歌に乗って学業に猪突猛進する親父と兄貴に対し、主人公は屁の屁の河童。父の目もあって、その度母親は矯正しようとするも、どこ吹く風。

イシャーンは、「環境が悪いのだ」と早々に父親に判断され、詰め込み教育上等な寄宿学校に放り込まれる。
ここで、少年の抱えている学習障がい(ディスレクシア)がどういうものか、目の当たりにさせられることとなる。つまりは、文字を見ると毛虫が這うというか、感情が噴き出てくるというもの。それを「文字が踊る」と形容するのがうまい。そして、劇中彼を取り巻く人々が全くその特性を理解・推察どころか意識の範疇にも及ばないがため、事態をどんどん悪化させる様に、見ているこちらは指をくわえているほかない。
文字ばかりに監禁された環境に耐えきれず、学校を逃げ出したイシャーンは、市場を歩き回る。イシャーンの視点では、かき氷、絵画、色で世界が煌めいていることが、よくわかる。雑踏の中に身を置くと世界と一体になれた気がする、それをバックに流れる歌詞に乗せているのが、実にうまい。
それはともかく、両親に愛想を尽かされ元の学校に戻されるも、ダメダメダメと決めつけられたせいもあって自己評価は崩壊寸前。教師もこの問題児をどう扱えばよいかわからない。そしてイシャーンは下ばかりを向いている。分かりやすい話が「車輪の下」のハンス少年そのもの。

アーミル・カーンー!!!! はやくきてくれーっ!!!!

と叫びたくなる、インド映画らしからぬ、八方ふさがりの状態だ。


果たしてある日、イシャーンはアーミル・カーン演じる美術教師であるラミカント・ニクレ(Ram Shankar Nikumbh)と出会う。ラミカントはイシャーンの特別な才能:つまり絵の才能に気づく。だから正攻法で、「ふつうの絵が得意な子」に対して行うように指導を行おうとするのだが、学術的な言葉遣い満載のそれを、イシャーンは受け付けない。
「自分の何が悪いのか全く分からない」ラミカント、イシャーンも思い悩む、時間だけが過ぎていく。インド映画らしくないじらす展開に、逆に引き込まれる始末だ。

事態を打開するヒントは、イシャーンのノートにあった。鏡文字、スペルミスという癖から、ラミカントは「文字を認識できないのでは」という仮説を立てる。そして、イシャーンの家族から話を聞き説得をし、他方でイシャーンに対して特別な指導をするために奔走する。
クライマックス、ラミカントが準備しているのは、インド映画らしい華やかな、そしてイシャーンが自身の特性を克服し、自己評価も上がる手助けになるであろう、晴れやかなシークエンスだ。

本作は、イシャーンの成長と学習障がいに関する啓発的なメッセージを通じて、特別な教育ニーズを持つ子供たちに対する理解と共感を促す。
つまりは、歌って踊る映画なのに非常につらく、(文字でなくていい音楽や図工といった義務教育に課される科目で、理解できないものは理解できない、とイシャーンのような困難を多少なりとも抱えている)我々にとって「あるある…」と共感させられる曇らせが続き、あまりに苦しい状況に「早く助けが来てくれ、頼むから」と祈らされ、誰もが思い悩む様に引き込まされる。それを救済して見せる赤ひげ=ラミカント・ニクレ先生の姿に心打たれる、骨太のドラマなのだ。


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