2021年に公開されたミュージカル映画:奇才レオス・カラックス監督によって製作され、原案と音楽はスパークス(アメリカの音楽デュオ)が担当した「アネット」より。
当世一流のコメディアンであるヘンリー・マカートリー(演:アダム・ドライバー)と、オペラ歌手のアン・デフラン(演:マリオン・コティヤール)の間に生まれた特別な娘であるアネットの物語だ。
アネットは非常に特殊な才能を持っていた。まだ子供だからこそ、しかし子供離れした、お金に替えることができる歌声を持っているのだ。所謂「推しの子」…違った、サラブレッドなのだ。
だが、本作はフランス製とあってか、意図的に「ズラして」みせる。本作が「絵空事」であることをまったくもって隠さない。まるで、物語をリアルに見せようとする(≠リアリズム)昨今のハリウッド製ミュージカルに対する当てつけであるかのように。
ジャック・ドゥミの作品よろしく、歌によって会話が構成されていることを、まず前提として触れておく。
「ピノキオ」ならまだよい、意志をまるで持たない、ただ歌を歌うだけの腹話術の人形であるアネット。実際そうなのだが。自我を持たない幼児であることのメタファーだが、ここまで露骨に表現するのは奇才らしい。
アネットの誕生を機に、そして彼女の歌声がお金に替わるとわかったのを機に、あんなに愛し合っていたヘンリーとアンは、瞬く間に悲劇へと向かっていく。ふたりの
ことばも空しく。
「愛を求めながら」愛に束縛されたくない男。 「笑いをを生業にしながら」笑われることに苛立っている男。 性暴力を訴えられた男。 二面性の激しい男。まるでジキルとハイドのようなコメディアン・ヘンリー:アダム・ドライバー。
内面性が抑えきれなくなれば暴力に走る。そんな抑えきれない自我に向けて、ヘンリーは、自分自身に言い聞かせるように、こう嘯く。 以下IMDBより引用。
じゃあアンが無罪かといえば、そんなことはない。アネットの実の父がどうもヘンリーではない、可能性があるのだ。疑惑の的は、かつてアンがオペラを歌うときピアノの伴奏者を行っていた男。
時がたち、ついに念願の指揮者になった彼。とはいえその心は、去りし恋人にある。 その思いのうちを指揮棒を振りながら以下、滔々と一息に語ってみせる。
アネットという金の卵によってじゃぶじゃぶ生まれるお金、それでも癒えない愛の孤独、嫉妬、はっきり言ってしまえば「強固な自己愛」から、カイロ・レンと化したヘンリーは、アンと指揮者の男を殺す。
証拠もすべて隠し通した…と思ったも束の間、初めて歌声以外の言葉を効いた、つまり自我が目覚めたアネットの口によって、全世界同時配信のコンサート会場において、堂々と晒される。
収監されたヘンリーの前に、アネットが面会に現れる。その姿は人形、かと思えば次の瞬間生身の娘(つまり子役)に変わる。 自分の意見をはっきり通す、アンの血の濃く出た性格の少女に成長した、ということ。それはつまり、もはや父の思い通りにはならないという証拠。
娘は「もう誰も愛さない、歌わない」と言う。恐ろしい歌声。
そして人を愛することすら否定してしまう。そりゃそうだ、愛のはずみで父が母を殺したことに気付いているのだから。
父は「せめて母だけは愛してくれ」その次には「私を愛してくれ」という懇願の歌に変わる。父親のエゴを、娘は歌声で拒絶する。恐ろしいデュエットだ。
父と娘の和解は、なされることなく、面会室のドアは閉じられる。
こう書くとアネットが人形であること以外は:それが一番の違和感なのだが、きわめて通俗的な芸道もの。そこはレオス・カラックス。彼は俳優たちに自由な表現を求め、感情的な演技や身体表現を通じてキャラクターの内面を浮き彫りにさせ、何度も見返したくなる映画へと仕上げている。
アダム・ドライバーのうめくような闇落ちぶりも素晴らしいが、彼とアネット役の年齢差をまるで感じさせないデュエットも、クライマックスを飾るに相応しいもの。相当のリハーサルを重ねただろうな…と伺える。
そして、本作は、つくりごとであることを強調するべく、「これは映画ですよ」とわからせる仕掛けを用意している。
たとえば冒頭部のナレーションはこうだ:
ミュージカル映画にしては暗すぎることを危惧したのか、公開(2021年)当時未だ客足が戻らない映画館向けのメッセージなのだろうか、「恐るべき世代」らしいカラックスの傾奇だろうか。
そして最後は、提灯を下げたキャストの列がずらずらと、「もう映画は終わりですよ」と歌いながら、スタッフロースの背景を流れていく。
アネット役の少女がアダム・ドライバーを「パパ!」と呼んでいるのが微笑ましいところだ。
以上、まとめると、レオス・カラックスらしい感情と直感を重視したストーリーテリング、独特な映像美、リアルとファンタジーの融合した演出、映像と音楽の相互作用、何より、フルに引き出された俳優のパフォーマンスで飾られた、まぶしいばかりのミュージカル映画。
おススメですぞ。