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エロそうですがエロに期待しないように。武智鉄二「源氏物語」

「元始、女性は太陽であった」。

と、女性解放運動の先駆者として知られる作家、平塚らいてうが『青鞜』発刊の辞で述べたように、奈良時代までは女性天皇がいたが、平安時代以降には女性の地位は低下し、女性天皇も姿を消す。
他方、日本文学の分野では、紫式部、清少納言などの女流作家が誕生。
中でも、紫式部の『源氏物語』は世界初の長編小説であり、ヨーロッパに先駆けて人間の内面を描写し、自由恋愛を描き、「女性にも自由な意思で生きる権利がある」ことを言語化した、革命的な文学作品。

というのは、文学や歴史、ジェンダーの分野における研究者の努力の積み重ねの結果、21世紀に入ってようやく受容されてきた側面であり、20世紀におけるそれは、雅を知らない一般人、特に男性からすれば「光源氏が欲望に突き動かされるまま女を食い散らかすハーレム文学」でしかなかった。今日だって、平安時代や宮中文学に関心のない一般人には、その印象が先行している。

「源氏物語」時代は何度も映像化されてきた文学。50年代で大映で映画化された諸作品が大映京都の美術を惜しみなく使った豪華絢爛の絵巻物として表現されたのに対し、1966年、武智鉄二が自ら監督、脚本を書き映画化した本作は「光源氏がひたすら女を食い散らかすほんのりエロ文学」として仕立てられている。
原作の再現は第一部「桐壺」から「明石」まで。以降はダイジェストで女性遍歴が触れられるのみ。女性は自らの意思を持たない人形のように描写され、光源氏は、男性が平気で複数の女性と婚姻・恋愛する平安時代のモラルに従って奔放にふるまう。

ただし、直接的に男女が触れ合う描写はない。そこを期待しないように。

60年代、テレビや舞台、映画をまたにかけて活躍した、武智鉄二の時代があったという。
自ら演出した前衛:武智歌舞伎では、坂田藤十郎、中村富十郎、市川雷蔵といった後の歌舞伎・映画界をリードする役者が育った。
他方で、彼は日本ポルノ映画の元祖のような存在としても、世間の注目を浴びた。それは、1965年に製作・公開した『黒い雪 』が猥褻図画公然陳列罪に問われ起訴されたことによって、だ。この「黒い雪裁判」には三島由紀夫や大島渚ら右派も左派も取り混ぜて当時の文化人多数が証人として出廷し、初審二審ともに無罪を勝ち取っている 。

「黒い雪裁判:の渦中に製作されたこともあってか、花ノ本寿演じる光源氏が、ひたすら愛する女たちを食い散らかしていく、よく言えば性の解放、悪く言えば女の心をまるで知らない、一種のモンド映画として仕上がっているのが、本作のミソ。
そのくせ、配給が日活であるためか、頭の中将に和田浩治、藤壺女御に芦川いずみ、紫の上に浅丘ルリ子と、大スターたちが配役されているのも、妙な見どころ。
総じて、60年代「性の解放」の時代の悪い側面が見える本作。王朝文学なんて分からない。ハーレム主人公としての光源氏が見たいんだ!というもの好きの方だけ、どうぞ。



製作=源氏映画社 配給=日活
1966.01.14 
9巻 3,038m カラー ワイド
製作................ 武智鉄二監督................ 武智鉄二脚本................ 武智鉄二撮影................ 渡辺静郎音楽................ 千葉祐久美術................ 大森実録音................ 田中一孝照明................ 海野義雄出演................ 花ノ本寿 浅丘ルリ子 芦川いづみ 花川蝶十郎 北条きく子

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