見出し画像

印パ冷戦のスパイもの。「ミッション・マジョヌ」。

インドとパキスタンの冷戦をNETFLIX映画「ミッション・マジョヌ」

興味ある人もない人も、まずは独立後の印パの歴史からおさらい:

イギリスの植民地であったインドは、長い独立運動の後、結局、宗教によりインドとパキスタンに分離して独立した。
独立後のインドはネルーの率いる国民会議派が政権を担った。ネルーの目の前には多民族・多言語の複雑な構造を持つ貧しいインドの現実があったが、社会主義的な価値観で多様性の歪みに対処し、豊かな国の建設を目指した。
方や、独立後のパキスタンはイスラム教を国の基盤としたが、パキスタンの創設者であるジンナーは初代首相となるもわずか数年で病没。彼の死後、軍人達が政治の主導権を握り、政治に大きな影響力を持ち、度々軍事クーデターを引き起こし、不安定な政情が続く。
カシミール帰属を巡る第一次・第二次印パ戦争を経て、両国の間で宗教や地域をめぐる緊張が依然継続する中、インドは娘のインディラー・ガーンディーが1966年にインドの首相に就任。当時人口六億を擁するインドの宰相として、名を知らしめることとなる。

インディラはサッチャーに並ぶ、いやそれ以上の「鉄の女」であった。1971年の暮れ、東パキスタン(現バングラデシュ)独立を助けて、インドが隣国パキスタンとの間に第三次印パ戦争をおこすや、インディラ・ガンディーはただちに電撃作戦を展開し、わずか二週間でパキスタンを降伏に追いこんだ。それは初代首相のネルー、2代目のシャストリも、ついになしえなかった「快挙」であった。
勢いに乗った彼女は、同じく対立していた中国核保有に対抗して1974年5月、地下核実験を指示しインド核保有を宣言、世界で6番目の核保有国となった。
本作は、窮地に立たされたパキスタンが、中国やリビア、ソ連、欧州、イスラエルなどなど、なりふり構わず各所から核技術や必要となる部品をかき集める動きを、インドの対外諜報機関、調査分析局(RAW)が察知したところから始まる。
すなわちパキスタンで秘密裏に行われていた核兵器開発計画の真実を暴くべく、スパイをパキスタンに潜入させる、という危険な任務に乗り出すのだ。

当たり前だが、国家の秘密を暴くには、相応の辛抱と危険とを必要とするもの。その大任を任せるには、ただの愛国心だけでは保たない。国に対して後ろめたい傷を抱えている&国に忠を見せなければならないと急いている人物こそ、却って相応しい。
主人公の父は、訳あってパキスタンに軍の秘密情報を売り渡し、その責を負って自殺した」軍人を父に持つ男。 時折、「裏切り者!」と謗られる声が、彼の頭の中にリフレインする。
主人公含むRAWのスパイたちは、徹頭徹尾パキスタンの国民の一人になりきる。すなわち、儀礼も生活もすべてイスラム式に則り、中にはパキスタン人の妻をもうける者もいる。身バレした同志は、命令に従って容赦なく射殺だ。この葬儀もイスラム教に則り、敵国の地で行われる。インドの「イ」の字もオクビに出そうとしない姿、抜かりなしだ。

決着まで数年に亘る物語は、インド・パキスタンの政治史を追いかけることにもなる。
あらすじはこうだ:映画冒頭でRAWのスパイ潜入を指示したインディラ・ガンディーは、映画中盤(史実通り)1977年の総選挙による政権交代によって下野。
与党:ジャナタ党を率いる、後任のモラルジー・デーサーイー首相は、メディアへのインタビューに、パキスタンとの対話促進を表明。RAWには、周囲国との関係を踏まえて潜入調査の中止を命令する。
同時期、パキスタン人民党を与党としズルフィカール・アリー・ブットーが率いていた文民政権は、1977年のジア=ウル=ハク将軍のクーデターであっさり崩壊。
祖国インドはスパイ活動の中止を命令し、敵国パキスタンは軍事政権で戒厳令を敷かれるという、取り巻く状況が悪化する中、焦ったインド空軍が、核開発施設の「ない」国境沿いの街を誤って空爆する、というポカも犯す。
印パ開戦一歩手前の緊張の中、我慢の甲斐あって、ついに主人公らRAWのスパイたちは真の核開発施設を発見する。
おかげでデーサーイー首相は、先手必勝と核施設の攻撃を進言する軍部の意見を横に押しやって、ホットラインでイスラエルのハク大統領を「15分で戦闘機をパキスタン国内に飛ばすこと、過去戦争で何度もパキスタンが負けたのに勝てるわけがないということ」を持ち出して、見た目ただの優しいおじさんとは思えない怖い声で恫喝。
結果、イスラエルの核実験を一時停止させることに成功する。
もちろん、これでは、ハク大統領のメンツが立たないので、大統領は自らの部下にRAWのスパイ狩りを厳命。はたして主人公たちスパイを待ち受ける運命は、如何に。

結論から言えば、本作はボリウッドゆえ「インド自身の核兵器開発を批判しつつ、秘密裏に核兵器を開発していたパキスタンをも批判する」側面がある。そこは、正直観ていて白々しい。
とはいえ、「米ソを相手に権謀のかぎりをつくす現実政治家」「女帝」そっくりそのままのインディラ・ガンディー役はじめとする時の政治家たちのクリソツぶり、本物としか思えないパキスタンの街並み、イスラム教の戒律に従って生きるパキスタンの人々、とディテールは十分に細かい。
少なくとも「VIVANT」の様なエセ外国感、中韓製作のドラマや映画に出てくる微妙にヘンな日本描写の様なアラがないのも、スパイものにサスペンスを与えるにあたって、最低限必要な要素と言えるだろう。
敵対する隣国に潜入してのひりつくような暗闘に暗中模索。

イランの首都テヘランに潜入したモサドの諜報員を描いた、イスラエル製作のドラマ「テヘラン」と並んで、「リアルなスパイものが観たい」「ただし米英欧製は食傷気味だからかんべんな!」という方に、実に相応しい作品と言えるだろう。


この映画の話は面白かったでしょうか?気に入っていただけた場合はぜひ「スキ」をお願いします!