見出し画像

「俺みたいな救えねえ奴と会ったことが一生の不幸さ、ざまあみろ。」"Nightcrawler"

上映当時であれば生配信主あるいはパパラッチという生易しい言葉。いまでいえば暴露系youtuberまたは炎上系youtuberという厳しい言葉で断罪されるであろう、少なくとも子供の憧れの職業にはなりえない「お仕事」を追体験できる2014年に公開されたアメリカのサスペンス・スリラー映画『Nightcrawler』(邦題:ナイトクローラー)より。

物語は、ルイス・ブルーム(ジェイク・ギレンホール)という男が、食い詰めた挙句ふとしたきっかけから、ロサンゼルスで不法なニュース映像を撮影し、テレビ局に売り込むというビジネスに従事するところから始まる。ブルームは非常に冷静で冷酷な性格であり、成功のためにはどんな手段も厭わないという特異な特性を持っている。
彼は夜な夜なロサンゼルスの街で犯罪現場や事故現場を撮影し、その映像をニュース局に売り込む。そのうちに、彼の映像はよりショッキングで過激になり、彼は成功を収めていく。さらにブルームは徐々にその欲望と野心に取り憑かれ、倫理や人道的な観点から逸脱していく…。

病んだ主役、大都会の孤独・腐敗・恐怖、スピーディーな展開と絶えず動くカメラワーク、そして夜の試走車。まんま現代版「タクシー・ドライバー」である。
じっさい、公開当時は「これぞ、21世紀版タクシードライバーだ!」と絶賛された様に記憶している。そのポジションは後にホアキン演じる「ジョーカー」に取られるのだが…。


さて、これは「ジョーカー」にも共通しているが、現代版「タクシードライバー」に特長する要素として、トラヴィスにとっての白をまとったベッシィがいないことが挙げられる。
トラヴィスは「この不潔なゴミ溜めの中、彼女はたった一人だ。誰も彼女に触れることはできない」と日記に書きとめる。彼女の存在のおかげで、トラヴィスは「この醜悪な都会の中にも」まだ守るべき無垢なるものがあると信じられることができた。
結果だけ見れば、彼女の救出に内に秘めた暴力衝動を発散させることで、自分の英雄願望を満たせたし、他人にも認められることができたし、最後車を走らせるトラヴィスの顔は安堵している。都会の醜悪な空気を吸っても(少なくとも、しばらくは)生きていけることをよく表している。無垢なるものを未だ信じられたからこそ、守ろうとしたからこそ、ギリギリのところでこの醜悪な世界と折り合いをつけられたのだ。

ルイスは、そういった「無垢なるもの」を信じていない。
時にアンバランスな気分に苛まれながらも、夜の街に積極的に駆り出す。
都市の醜悪な空気を吸い込み、体を膨ませていく。はじめはおっかなびっくりだった(どこか怯えた)表情も、悲惨な現場の取材経験を積んでいく内に、次第に充足感に満ちていく。
そして、最後の一線を越える。

そんな彼の心魂を表す台詞を引用。「人が死んでるのをカメラに収めたんだな」と咎める刑事に対して、この一言。

Detective Fronteiri: You filmed him dying.
Lou Bloom: That's my job, that's what I do, I'd like to think if you're seeing me you're having the worst day of your life.

IMDBから引用

自分を最低だと嘯きつつ、それと対峙している刑事をも貶めようとする、「ほっといてくれ」をオブラートに包んだ、最低の一言。あるいは、己の不幸の巻き添えにしようとする、拡大自殺一歩手前の心理そのもの。この微妙なニュアンスを表現するのは難しいが…訳して、タイトルに置いてみた。

最後、尋問を終えたルイス、明るい日差しの下に出る。
ホワイトの強い画面の中、他人を射抜く目線を持ったルイスが、にやけ笑いをしながら歩いていく。彼はまだこの都会の醜悪さとと折り合いをつけられていない。せっかく会社を立ち上げ人も雇ったのだ、ますます醜悪なものをかき集めることに、駆り立てられていくだろう。そして、自分の部下たちに、自分と同じものを植え付けていくことだろう。
闇にうごめく眼差しが、都会の中に増殖していく。 そういう暗い予感を:見方によってはタクシードライバー以上の絶望感を与えて、映画は終わる。白昼なのに、悪夢。黒洞々たる夜があるばかりである。

なにもルイスのように冷酷で非情で病んでいなかったとしても、今やこの手の人材、アメリカはおろか日本でも珍しくはないだろう。
アメリカって何でもかんでも先取りする国なんだな、と10年経った今では思わされる傑作。はたまた、ついに私人逮捕型youtuberまで現れた日本がどっぷりアメリカ化しているのか?と悪寒に襲われる、他人事で突き放せない作品、ともいう。

この記事が参加している募集

映画感想文

この映画の話は面白かったでしょうか?気に入っていただけた場合はぜひ「スキ」をお願いします!