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境界のない掃除

自分の内側のスペースができてくると、そのスペースを更にきれいにしたくなる。
家の不用品を処分したあとに出たほこりを掃除するのと同じ感覚。
自分のスペースをガラスのように磨いておきたくなる。
これ、1年前も言っていた。
でも1年前と言葉は同じでも私が見ている世界はあの時より広くなっている。
クリアになるとスッキリするし、呼吸も深いところまで通る感じ。
それは実際に行動に現れてくる。

毎朝床を拭き、トイレ掃除をする。夜は食事を終えてキッチンのガス台、排水溝の奥、お風呂場のユニットバスの下を掃除する。
使った分だけの汚れを取っておけば掃除も楽。

駅や買い物から帰る途中に歩道橋がある。
たばこの吸い殻やゴミが散乱していた。
いつも気になっていたけれど、誰か掃除しないのかなぁ、と思っていた。
ある朝起きて、ふと「私が掃除すればいいんだ」って気づいた。
誰かが掃除するだろうとずっと思ってた。
自分が掃除すればいいって思った時は、「あ、そっか」という感じだった。
公共の場はいつも誰かが掃除してくれるもの、とどこかで思っていた。
最近、散歩していていつも目に留まるのは、マンションを掃除している管理人さん、朝の挨拶をしてくれる公園を掃除している人、自宅の庭を掃いている人など掃除をしている人ばかりだった。
この世界はみんなが掃除しているからきれいなんだ。ありがたいな。と改めて思っていた。
ここでもまだ他人事だった。

以前、研修のワークで、ゴミを街で見かけたら拾うというお題が出た。
その時はやっていたけど、終わったら続かなかった。あれから一年経っていた。

そして、早朝に歩道橋の掃除をした。
ゴミに意識が集中し、周りも全く気にならなかった。
そして思った。みんなが利用している公共の場を誰が掃除してもいいんだという当たり前のことを。
どこからが自分の敷地で・・・というのは関係ない。境界なんて関係ない。
毎日通る道はきれいなほうが気持ちがいい。
そう思う人が掃除すればいい。ただそれだけ。
地球汚染を訴えるような大志を持って活動するつもりはない。
私は目の前が全て綺麗であって欲しいと思うだけ。私のやれることをただやるだけ。
内面がそのまま外に現れる。
内面で思うことがそのまま現実化する。
自分が思うことで世界が創られていく。


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