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読書感想文「成瀬は天下を取りにいく」宮島未奈

本屋大賞受賞!の帯では「この主人公がすごい」という旨が書かれていた。
ストーリー(展開)ではなくキャラクターが売りになるのは面白そうだな、と思い手に取った本だった。

読み終わってみると、帯に書かれているような「見たことがない子」「変わった子」というのは誇張だと感じる。
一方、それはそれで成瀬という女の子に好感が持てる作品だった。

成瀬はあらゆるものを愛し、尊敬できる

成瀬はあらゆるものに敬意を抱く。
相棒ともいえる存在の島崎をはじめ、西武百貨店、ライオンズ、地元への愛着。
大会ですれ違っただけの男の子に地元で有名な船の観覧チケットを素で渡してしまうところが特に気に入った。

私は好きなものを布教するのが下手だ。
知らない人はおろか、友達や家族にさえ好きなものの特徴を説明したり、愛情を表現することができない。
その点、成瀬の愛に満ち溢れた行動の数々は、読んでいていとおしく感じた。すごい。

成瀬はあらゆるものに物おじしない

成瀬はなんにでも挑戦する。
テレビクルーに変な顔をされても映り込みをやめないし、女の子だから坊主はないだろうと避けることもない。

私が特に気に入ったのは、M-1制覇を数年でやめたところだ。
やめることにすら、成瀬は物おじしないのだな、と感心した。
社会人目線からすると、結果がでないうちにやめてしまうなんてもったいないとも思えるが、そこは高校生。
「有名人と同じ控室にいた」だけで十分いい思い出だし、成果だ。というとらえ方の鮮やかさが好きになった。

成瀬は人に好かれるコツを教えてくれる

最も気に入ったのが終盤の展開だ。成瀬は人に好かれるコツを体現したからこそ「この主人公がすごい」と評され、世間に気に入られたのだ、と納得した。

成瀬が実践した人に好かれるコツ、それは
「自分が信じた道を行く」ことだと思う。

成瀬は、周りが何と言おうとどこ吹く風で自分がこうと決めたら一直線。
やると決めるのも、やめると決めるのも、自分一人の判断で行っていた。
島崎はそれを「振り回される」と表現しながら、そんな成瀬だからこそ好感を持っていたように見える。
島崎に限らず、SNSで注目されるのも、地域新聞に載るのも、周りに好感を持たれていたという表現だろう。

一方終盤では、成瀬は伸ばしていた髪を大貫さんに言われたとおりに切ってしまったり、島崎の東京行きを聞いたのをきっかけに勉強スランプに陥ったり漫才コンビの解散を宣言したりする。
自分で決めるのではなく、人に言われて起こした行動が増えていったのだ。

こうした行動は、前述した成瀬の愛情表現の延長線にある。
ある種の思いやりであることは、読んでいてよく伝わるし、一見いい行いだ。
ところがこの思いやりが、島崎や周りからは不評を買ってしまうという展開だったのが、面白いところだ。
なかなか考えさせられる。

「人に言われて行動する」より「自らやることを見つけて行動できる」ほうがすごい、のか?

よく考えて言葉にしてみると「人に言われて行動する」より「自らやることを見つけて行動できる」方が他人からの好感度が高くなる、というのは
人としてすごく普遍的な結論だな、と私は思う。

一方、この作品の冒頭では「自らやることを見つけて行動できる」成瀬は「変人」という描かれ方をしていたように思う。
これは周りにいるのが「保護者」や「学生」といった普通のコミュニティと比較されているからこそ下される評価だ。

人として好かれるには「自らやることを見つけて行動できる」ことがポイント。
コミュニティに溶け込むには「人に言われて行動する(つまり、余計なことをしない、おせっかいをしない、都合がいいように動く)」ことを期待される。

どちらが正解ということもなく、TPOとか目的とかで使い分けが必要なのかもしれない。

成瀬は期待を裏切ったから、周りにがっかりされたんだ

成瀬といえば「自らやることを見つけて行動できる」タイプだ、と、読者も作中人物も思っていたことだろう。
そういう成瀬だからこそ好かれていた。

成瀬の思いやりが周りに受けなかったのは、周りが成瀬というキャラクターに持った【期待】を裏切った結果だろう。

そう考えると、やっぱり人間って
他人のことを自分の思い通りに動かしたい、という欲求が
少なからずあるんじゃないか?

だとすると、人に言われたとおりに行動したほうがウケがよさそうな気もするけれど…

だんだん、話の着地点が見えなくなってきた。だからこの本が好きだ

私が好きな本は大体、すっきり終わらない。
ここで終わり?みたいなところで終わってしまう。
私はそうした物語の、続きやifや解釈を考えているのが好きだ。

この作品はすでに続刊が出ているので、一見定義に当てはまらないと思うが、それでも私はこの作品が気に入った。
それは、noteに書いたような成瀬の人間性を考えている時間が好きだからかもしれない。

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