【戦術ガイド】UEFA CL 準々決勝 RBライプツィヒ対アトレティコ・マドリード

 紆余曲折があった今季の欧州サッカーシーンも、いよいよ佳境である。各国のシーズンはすでに終了し、ポルトガルでの90分一発勝負の一括開催となったチャンピオンズリーグも準々決勝までが消化された。その中でも、今回はライプツィヒとアトレティコの一戦を振り返ってみたい。


 私自身、この一戦は非常に楽しみしていた。というのも、両者が目指すトランジションとインテンシティのサッカーの完成形が見られるはずだと考えたからだ。

 まず、アトレティコが特にトランジションに優れ、インテンシティの非常に高いチームであることは衆目の一致する所であろう。それはネガティブトランジションにおける帰陣の速さや、ポジティブトランジションにおけるカウンターの鋭さなどでも目にすることが出来る。要は「闘争心をむき出しにして相手より走る」サッカーだと言い換えることが出来るかもしれない。

 対するライプツィヒも、トランジションサッカーの名手でインテンシティの高さには定評のあるチームだ。現在の監督・ナーゲルスマンはポゼッション畑の出身とは言え、何と言ってもあのラングニックが育て上げたチームである。その根幹が1年目の監督の多少のさじ加減程度で変化するはずもなく、「ストーミング」などと称されるその戦術体系の中で根幹をなすのはトランジションと高いインテンシティであることは明白だ。

 と、両者が標榜する志・トランジションサッカーは、残念ながら完璧な形でピッチ上に現れることはまずない。何故なら、それが(特に中盤より前の選手たちの)途轍もない運動量の上に成り立っているからだ。その理想をピッチ上で表現しようと思えば、中盤と前線の選手たちは90分間ずっとシャトルランを繰り返すのと同等の仕事量が求められる。例年、ミッドウィークと言う形式で開催されるために中2~3日程度の休養しか与えられないCLにおいては、いかに上手にターンオーバーを採用しようともこれを実現することは不可能であった。

 しかし、今年は違った。集中開催と相成ったために、期せずしてライプツィヒには1か月半、アトレティコにも1か月弱の完全休養期間が与えられることとなった。当然、選手たちの身体を完全にフレッシュな状態に持って行くには十分な期間である。結果、試合開始の笛が鳴り響いたとき、ピッチにいた22人はこの理想を体現できるような身体状況を持ち合わせていたはずなのだ。

 故に、私は是が非でも見届けたかった。本来実現されるはずのない、理想と理想がぶつかり合う瞬間を。


 アトレティコはシメオネ印の4-4-2を用いた。相変わらず守備時の陣形は非常にソリッドであり、よく訓練されたチームであるという印象を受けた。

 対するライプツィヒはボール保持時は3-3-3-1、非保持時には4-2-3-1という可変システムを用いた。ヴェルナーという最大の得点源を失った中で、そこを策士ナーゲルスマンがどう補完するかが注目された。

 アトレティコはボール保持時も非保持時も基本的には形を変えなかったが、最終ラインでボールを持たされた時には中盤中央のサウールかエレーラが下がることで数的優位を確保した。また、スタートポジションを左に取りながらも、カラスコにはある程度の自由と攻撃の裁量権が与えられていたように思う。

 しかし、アトレティコは特に両サイドバックへのパスコースを、ヌクンクとザビツァーによって封じられていた。ロディとトリッピアーはこのチームの大きな武器の一つだが、これが後半30分を過ぎて以降のゴチャゴチャした感じになる頃まで封じられ続けた。チームとして押し込まれていたこともあるが、サイドバックがなかなか攻め上がることが出来なかったのは、アトレティコが攻めあぐねた要因の一つだろう。

 他方、ライプツィヒは3CBの前にカンプルが位置取りし、この4人でビルドアップをしていた。そもそも2トップと3バックなので数的有利が出来ているので、アトレティコはエレーラが飛び出して対応しようとしていたが、それでも3人にしかならないため、アトレティコによるビルドアップ阻害は全くうまくいっていなかった。

 第一プレッシャーライン突破後、カンプルの一列前では、左から順にアンヘリーニョ、ヌクンク、オルモ、ザビツァー、ライマーがちょうど5レーンを埋めた。ただ、全くのシンメトリーではなく、左サイドのアンヘリーニョ・ヌクンクがポジションチェンジを繰り返したのに対して、右サイドの大外のレーンはライマー専用のものになっていた。その代わり、ザビツァーには別のタスクとして、カンプルのサポートという任務が割り当てられていた。そのため、ザビツァーはカンプルの横まで下りてきたり、カンプルが攻めあがった時にはバランスをとって後ろに下がるポジショニングなどが見られた。

 敵陣深くまで侵入すると、ライプツィヒはいつも通り、ボールサイドとは反対側の大外のレーンを明け渡し、大外にいた選手はもう一つ内側のレーンに絞る動きを見せた。また、ハーフスペースからのダイアゴナルの動きもよく見られたが、こちらはアトレティコが完璧に対応しきったため、時間がたつにつれ見られなくなった。

 その後もナーゲルスマンは細かな修正こそ加えていたものの、大元では大きな変更を加えているようには見えなかった。

 前半の結論は「カンプルのサポートをするためにザビツァーが低い位置をとらざるを得ない状況になると、ライプツィヒはゴールから遠ざかる」というものだった。ヴェルナーが去った今、ライプツィヒにおいて最もクオリティを持ったプレイヤーはザビツァーであり、その彼をポジティブトランジション時には高い位置で、ゆっくり崩すときには低い位置で、というのがナーゲルスマンが描いた青写真だったのかもしれないが、相手がトランジションサッカーの鬼であるアトレティコだった場合、低い位置で危ない奪われ方をする、つまりザビツァーが良い状態でポジティブトランジションが起こることがまずなく、結果として最大の武器であるザビツァーは前半ほとんどの時間で低い位置をとり続け、チャンスが生まれることは無かった。

 そこでナーゲルスマンは、この点を修正したのだ。すなわち、敵陣深くまで侵入してボールサイドと逆の大外のレーンを明け渡すタイミングで、ライマーを内側に入れ、外側にザビツァーを配置する。この動きは前半の「大外はライマーだけ」のアンシンメトリー状態ではあり得なかった動きである。その結果として生まれたのが、先制点だった。

 先制されたシメオネは、前半から相手最終ラインへのプレスと味方最終ラインのフォローと走り回ったエレーラを下げ、フェリックスを投入した。トランジションサッカーにおいて、フェリックスの投入は賭けだった。何故なら、前線からのプレスにおいてはフェリックスよりジョレンテの方が効果的だし、中盤の強度においてもジョレンテよりエレーラの方が優るからだ。果たして、シメオネの賭けは吉と出たとも言えるし、凶と出たとも言える。

 フェリックスは攻撃において、かなりの裁量権を委ねられているようだった。カラスコとポジションチェンジなどをしながら、自由にチャンスメイクを行い、ボールを持てば常に相手にとっての脅威となった。その結果として獲得したのがPKであり、自らそれを沈めてアトレティコは追いついた。

 しかし、この交代の代償もまた、アトレティコは払うことになった。87分、カンプルからザビツァーにボールが出た時、近くにいたフェリックスは立ち竦むだけで、ジョレンテはザビツァーに寄せるタイミングが2テンポほど遅れていた。そしてそうして生まれた時間と空間は、ザビツァーほどのクオリティを持ったプレイヤーにとっては1チャンスを生み出すのに十分すぎるものだった。創造性に富んだ彼のワンタッチパスを起点に、最後はアダムスが押し込んでライプツィヒが勝ち越し、残りの時間もリードを守り切って勝利の凱歌を挙げた。


 この試合を振り返ると、やはり最後までトランジションにおける切り替えの早さやインテンシティの高さが随所に目立っていた。それも、本来ならあり得ないようなレベルで。これはひとえに長きにわたる休養期間がもたらした副産物だったはずだ。

 一方で、だからこそ休養では生まれないクオリティにも目が行った試合だったように思う。あのジエゴ・コスタを封殺したウパメカノの対人能力と、たびたび見せたドリブルを行う状況判断力はまさしくそれだろうし、ジョアン・フェリックスがわずか30分の出場でその片鱗を世界に見せつけたまばゆい才能もそれだろう。

 しかし、この試合におけるMVPを選ぶなら、やはりザビツァーである。彼のクオリティが存分に発揮されたゲームだったことは間違いなく、それはここまでこの文章を読んでいただいた方なら分かってもらえるだろう。

 こうしてベスト4へと駒を進めたライプツィヒは、次に絶好調のネイマール率いるパリSGと当たる組み合わせだ。間違いなく厳しい試合になるだろう。というか、正直に言えば7,8割方パリが勝つかな、と思っている。

 しかし、稀代の戦術家であるナーゲルスマンは、今も策を練っているはずだ。そして、このチームにおいて最も大事なことは、チーム最高のプレイヤーであるザビツァーのクオリティを存分に引き出すことだ。クロスターマンがムバッペのスピードを封じ込め、ウパメカノがネイマールを封殺し、その上でザビツァーがそのタレントを存分に発揮すれば、案外勝機はあるのではないだろうか。そう、逆に言えば2,3割くらいは勝つと思っているのだ。

 何はともあれ、明日の夜を待ちたいと思う。

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