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支えられた母乳育児

今日は月に一度のKさん(助産師さん)の訪問日だった。市の産後ケア事業なるものが2年ほど前から始まり、私は産後4ヶ月までの利用期間を終えた今も、こうしてKさんの厚意によって訪問ケアを受け続けている。

赤ちゃんの体重の増えや発達の経過を診てもらうことはもちろんだけれど、私の場合、訪問のメインは母乳ケアである。毎回30分ほどかけて、念入りにマッサージをしてもらう。終わると、何とも胸が軽くなって爽快なことこの上ない。

産後ケア事業の存在も知らなかった私が、その制度を利用することになったきっかけは昨年の6月、次女を出産して3週間ほど経った、ある朝のこと。

朝早く目が覚めると、何だか寒い。まだ6月だから、少し肌寒い日もあると思いながら、押し入れから毛布を出して被った。でも、やっぱり寒い。歯がガチガチと鳴るほどに寒い。変だなと思いながら起き上がってみると、全身の関節が痛んで、ひどい頭痛がした。咄嗟に、こんな時期にインフルエンザに罹ってしまったと思った。

ところが、次女が泣いて授乳しようとした時、左胸が尋常ではない赤みと熱をもっていることに気がつく。寒さの原因は乳腺炎だった。

熱を測ると40℃を越える発熱で、慌てて出産した産院に電話を掛ける。その産院では母乳外来を開設しているはずだった。が、時期はコロナの真っ只中。発熱しているというだけで来院などとんでもない、という様相。どうしたら良いかと尋ねると、「訪問してもらえるかどうか、その人の判断になるけれど…」との断り付きで、電話口で数人の開業助産師さんの連絡先を教えてもらう。

幸いにも当日「夕方であれば…」と、訪問をしてくれる人が見つかり、乳腺の詰まりや膿を出すマッサージをしてもらったり、手持ちの解熱剤での対処法を教わったりして助けてもらった。この人が来てくれなかったら、どうなってたんだろう…施術のあと、ホッとして涙が溢れてきた。

「ちょっと無理したんじゃないですか。ストレスや疲れも要因ですよ。産後1ヶ月はね、元気だと思っても体を休めることを心がけて。」助産師さんは私にそんな言葉を掛けながら、市の産後ケア事業を利用するように勧めてくれた。

各自治体が子育て支援の一環として実施している、「産後ケア」。おおむね生後4か月までの母子を対象として、病院などで休息する「滞在型」と、自宅に助産師さんが来てくれる「訪問型」のサポートが受けられる。二年前に長女を出産していたので、市の子育て支援事業に関してはひと通り承知しているつもりだった。この間に、そんな制度が始まっていたなんて。早速、窓口に電話を掛けて申し込みをした。

訪問型は、産後4か月までの間に10回利用できるとのことだったので、私は2週間に1度程度の頻度でフルに活用した。市が窓口になるので、希望する日時を伝えれば、その日空いている助産師さんが来てくれるというシステム。でも、経過をずっと知ってもらっているほうが良いし、毎度初めましても疲れる。そこで最初に市から来てくれたKさんに毎回来てもらえるよう、2回目以降は訪問の際に、二人で次回の日取りを決め、それを市に連絡するというサイクルで利用した。

外に出られない、夜も眠れない、赤ちゃんに付きっきりの毎日で、月齢が小さいうちはどのお母さんにも、とてもストレスがかかるもの。そんな孤独に奮闘しているただ中に、定期的に誰かが来てくれるというのは、私にとって乳腺炎のケア以前に心強いサポートであり、貴重な息抜きの機会だった。

振り返れば、Kさんが来てくれる日を指折り数えて待っていたことを思い出す。Kさんが来てくれたら、マシンガンのようにおしゃべりが止まらなくなって、他愛のない話を聞いてもらっていた。夜泣きに疲れ果てて余裕のなかった時、Kさんに抱っこされるわが子を見て、こんなにかわいかったのかと思った日もあった。

始まってからまだ歴史の浅い、この「産後ケア事業」は利用者であるお母さんのニーズに寄り添う、とても良いサービスだと感じる。ただ、設けられている利用日数の上限や期間の制限は、まだまだ母子を十分にサポートできるものだとは言えない。これから更に手厚くなって、利用してもしなくても、誰もが知っているサービスになれば…と期待したい。

そして最後に、母乳育児にかかわる一連のケアについて、保険が適用されるように制度を整えるべきではないかと、ちょっと声を上げてみたい。(一部の医療機関では乳腺炎重症化予防ケアとして保険適応の認可を受けている所もあるが、助産師外来・母乳外来は全額自費)

乳腺炎になるリスクというのは、母乳育児を実践するお母さんにとって、風邪をひくのと同じように誰が罹ってもおかしくないもの。そして、受けてみて初めて分かったことだったけれど、助産師さんの持つマッサージという技術は、日々の勉強や練習、研鑽の積み重ねで習得されたものであるということ。その熟練の技術を社会的に正当に評価するためにも、すべてのお母さんがもっと気軽に、当たり前に母乳外来を利用できるようにするためにも、「母乳ケアは保険でカバーされるべき」というのは筋違いな主張だとは思えない。

何人子供を持ったとしても、母乳で育てようとする過程にはトラブルや悩みがつきもの。産後3か月で復職し、一人で抱え込んで対処しなければならなかった長女の時と、こうして支えられた次女の母乳育児では気持ちの面で天と地ほどの差がある。月に一度診てもらえるだけで、見守ってもらえているような、伴走してもらっているような、そんな安心感がいつもあった。


私の職場復帰が徐々に近づいてきた今日、訪問の中でKさんが初めて、断乳のスケジュールについての話をした。いよいよ、授乳も終盤に入る。久しぶりに、大好きなビールが飲める!外出が楽になる!朝まで寝てくれるようになる!でも、もうその先、二度と授乳することはないと考えると…残された期間が途端に、何やら神聖さを帯びてくるほど貴重なものに感じられた。

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