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植物が持つテレパシー

【植物が持つテレパシー】

私の勝手な
妄想話だと思って読んで下さい。

植物は、テレパシーで繋がってるんです。
世界中の木々や草花達とコミュニケーション
しています。

人間で例えるなら、脳神経シナプスの繋がりが
膨大な情報網となって、我々は様々な事を
理解出来たり、それらを解釈したり
言語化出来たりしている訳です。

植物達も根を通して大地を通して
または、枝葉と云うアンテナを通して
コミュニケーションを図っています。

彼等は、全体でひとつと云う考え方です。
『個としての我』を持ち合わせてません。

彼等は自らの意思で動けませんから
我の持ちようもありません。

ただし、植物同士が皆、調和して仲良しこよしで
完全なる愛と調和の中に在るかと問えばNOです。

外来種が在来種を駆逐して行くことは良くありますし、蔓植物が木を枯らしてしまう事もしばしばです。とは言え、我々人間の時間軸だけでは、この弱肉強食的な植物の世界も数千、数万年単位の視点から見れば、我々が知り得ない調和や循環を作っているのかもしれません。

しかし、この地球上に存在しているのは、
植物だけではありません。

そこに棲まう昆虫や鳥達も、森の住人であり
人間もまたその内の一つの種族に他なりません。

人間は、短絡的で目の前の事に囚われてしまう
短い時間軸の視点で行動してしまいますから
それが、自然界に働く理《ことわり》を
壊してしまうこともしばしばです。

森の中に棲み、木のムロに棲み
森の持つサイクルの中で暮らす生物たちは
植物たちの声なき声を自然に感じる能力が
ありますが、人間はそうした能力を
すっかりと失ってしまっています。

映画アバターより

アバターと云うヒット作の中で
マザーツリーの様な巨大な植物とアバターが
コミュニケーションを取るシーンがありますが
あれは、太古の我々と植物との関係性を
とても分かりやすく表現していると感じます。

現代の生命体の定義ですが
それはDNA《遺伝子》の有無ですが
当然、植物にもDNAがあります。

しかし、現代までの科学において
植物は、他の動物が持つ脳や臓器を
保有していない為に、考えることや感じる
感覚を持ち得て居ないと決め付けています。

そう考えるのは非常に短絡的です。

我々人間や他の生物が持つ機能が無いと
それと同等の感覚を持ち合わせて居ないと
考えるのは『観念』でしかありません。

素粒子物理学や波動などの研究が進む中で
人類は『生命体の定義』を大きく変える
転換期を迎えている様にも思えます。

この人間の『観念』は、ある種の『檻』みたいな
物で、視野や可能性を閉じ込めてしまいます。

その『観念』と云う『檻』から
心を解き放つ方法として人類は
『藝術』を楽しむと云う文化を
遥か昔の太古の時代から継承して来ました。

藝術に触れたとき人は『感じる機能』を
より働かせますから『右脳』が働きます。

また『表現活動』をする時にも
人間は、右脳が活発に動き、その際に
イマジネーションやインスピレーションなど
『ひらめき』と云う現象を体験します。

多かれ少なかれ、そうした経験は
誰しもにあるのではないでしょうか。

この右脳が活発に動く事で得られる
イマジネーションやインスピレーション
ひらめき…の世界こそ、植物達が持つ
コミュニケーションとのシンクロニシティです。

『植物と人間が会話できるはずがない!』

…と云う『観念』の檻が壊れている時
植物と人間のコミュニケーションも現実化されます。

人間同士で会話する様には、
上手く行かないかもしれませんが、
彼等との会話を思い込みでも良いので
ひたすらに続けてみて下さい。

彼等からのメッセージが
具現化されることを何度も経験すれば
科学的な理論を超えて経験として
植物達との交流を実感できることでしょう。

🌷SoulFlower Kamuy🌷

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