「クリスマスには、メイドでしょ!」

ある年のクリスマスイブ。俺の家には数人のメイドがいる。
最高の環境だ。だが一人だけ問題児がいる。
「必殺、メイドさんビーーーム!」
かまえられたスプレー缶が勢いよく噴射している。
それはゴキブリなどではなく、俺の顔へと。
「うおっ! なんだこれ変な臭いすんぞ。おい、やめろ!」
缶の噴射は止まった。
「ふっ。安心しろ少年、無害なエアダスターだ。」
こいつがその問題児、ナツキだ。
ナツキの行動は常に意味不明だ。そして被害を受けるのは俺だ。
例えば今朝は、俺のスリッパの奥にグミキャンディが大量に詰められていた。
「何がしたいんだよ、お前!」
ほんと何考えてるかわかんねぇ。
「命の糧を足蹴にする瞬間。確かなパトスを感じませんか?」
ほんと何言ってるかもわかんねぇ。


そうしてぼーっと顔を見ていると、ナツキは言った。
「ご主人様、面白い話してください。」
「唐突だな。無理だよ。」
「面白い話してください。」
「えっ?」
そう繰り返される。だいたい俺は流される。俺本当に主人なのかな。
「わ、わかった……」
えーっと。
「小学校の低学年のころかな。
 クリスマスに欲しい物が2つあって真剣に悩んでたんだ」
「子供なのに欲深い人間ですね。」
うるせぇ。
「プレステか、孫の手が欲しくてさ。同じくらい。」
「真剣に悩んでた。俺、体が固くて背中に手が届かないんだよ。」
「子供なのにじじいですね。」
うるせぇうるせぇ。
「結局クリスマスの朝、プレステも孫の手も置いてあったよ。」
「終わりですか?」
「終わりだよ。」
ふぅんと言ってから、ナツキは言った。
「30点。もっと面白い人生送ってください。波乱万丈な。」
「お前の娯楽の犠牲になるのは嫌だ!」

しかし、波乱万丈といえば波乱万丈だ。
「そうだよな、クリスマスは父さんも母さんもいたんだ。」
でももう母さんの顔の記憶なんて、輪郭がぼやけてる。
数年しないうちに俺の両親は離婚。親父に引き取られた。
その親父は……今年のクリスマスは今の女と過ごすようだ。
「ナツキはいいよな。今年もクリスマスは家族揃ってだろ?」
「私? 今年は出かけますよクリスマス。」
そうか、ナツキにも相手がいるんだな。
遠い存在になった気がしてどこか寂しかった。
それでいつかメイドも辞めて幸せになっていくのだろうか。
俺のクリスマスにもせめて、家族がいたらなぁ。
「元気だせー! メイドさんビーーム!」
ブシャーーー。うごごごごごごご。
やっぱ辞めてもいいかもしんない。
「こんなナツキも、彼氏とクリスマス、か。」
つぶやいた。
「ん? いませんよ?」
「出かける相手居るんじゃないのか?」
「そうですね。まぁ誘う勇気がないというか、誘う必要が無いというか。」
よくわからない性格の上に、よくわからない生活してるんだな。
「ご主人は誘う人いないんですか? 誘いたい人。」
「今年は、いないな……。」
「本当にいないんですか? この調子じゃ数年先も無理そうですね。30点。」
「俺の人生は落第かよ!?」
「ま、じゃあ私は準備……いや出かける支度してきます。」
彼氏じゃないにしても、女友達とクリスマスだろうか。いいなぁ。
誘う勇気があったら、いいのになぁ。俺。
それから夜になって。パジャマに着替えて自分の部屋。電気も消して。
クリスマスに独り。それでもベッドは変わらず暖かかった。
俺は静かに眠りについた。静かに、ただ静かに。

……ぼんやりと意識が戻った。なんだろう。
うんと。股だ。股のあたりに感触がある。
ほんのり肌寒い。布団はめくれているようだ。
誰かが、誰かが俺の股間のあたりを触っている。
俺は体を起こし、しっかりと目を開いた。
俺の股に、孫の手がビンと立っていた。
ッッなっ、なんだこれ!? おかしな夢でも見てるのか?
だが気づくと、置かれた懐中電灯がメイド服を。
ちょうどかけ布団を持ったナツキを照らしていた。
「あ、かけ布団戻すんでそのまま孫の手挟んでて下さい。」
「い、意味わかんねーよ!!」
サッと缶が出てくる。
「メイドさんビーーーム!」
うごごごごごごごごご。

噴射を中断すると部屋の明かりを着け、唐突にナツキは語った。
「知ってますか? 香川県ではサンタじゃなくて
 メイドがプレゼント持ってくるんですよ。」
「んな風習ねーーよ!」
「じゃあ、パタゴニアあたりでどうですか?」
「お前パタゴニアに謝れ!!」
全く動じないままナツキは言った。
「落ち着いたなら、私に感謝してください。」
感謝要素ねーよなこれ。
「ほら、脇のランプの机ですよ。」
言われるままに机の方を見た。
「モルスァ。」
ファービーがうごめいていた。
「何これ。」
「本命はこっちですね。」
中くらいの箱のプレゼントを差し出された。
中に入っていたのは、まだ品薄のニンテンドースイッチだった。
「私の分もあります。一緒にできますね。」
「あ、ああ……。ありがとう。」
ナツキが、珍しく笑っていた。
「ファービーは回収しますよ。」
抱き上げてドアへと歩いていった。
そしてこちらを振り返った。
「そうそう、そうでした。メリークリスマス!」
そう言うと、元気にしゃべり続けるファービーと共に部屋を出ていった。

翌朝。スイッチの箱。まだ開けていない。
ちなみに孫の手はもう使った。
不思議な気分を引きずったまま、箱を食卓で眺めていた。
そういえば、お返しは何がいいのだろうか。
考えているとテレビのニュースが自然と聞こえてきた。
「昨夜おもちゃ販売店の倉庫から、
 ニンテンドースイッチ十台が盗まれる事件がありました。」
ふーん。あっちもスイッチの話か。
「防犯カメラに写っていたのは、なんと驚愕、メイド服の人物です。」
メ、メイドねぇ……まさかね。
ナツキがメイド仲間と話している。
「ニンテンドースイッチ、いらない?
 安く売ってあげるよ。いっぱいあるから。」
俺はまだクリスマスの真実を知りたくなかった。

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