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『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』と「天才」の問題

 今更だがこの1年、僕がもっとも楽しみに見ていたのは日曜日朝の『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』だった。脚本を担当したのはあの井上敏樹ーー平成仮面ライダーシリーズ初期(「アギト」「555」など)の立役者として知られるーーだ。僕は彼の手がけた作品と出会わなければこの仕事をしていないというくらい強い影響を受けていて、いつの間にか本人とも知り合い、気がつけば精神的に「お供たち」の中に組み込まれ、挙句の果てには自分の会社でエッセイ集まで出版するようになってしまったのだが、あくまでここはそういった事情はすべてリセットしてひとりの批評家として、冷静に、丁寧に、正確にこの作品と向き合いたいと思う。

 その上で、結論から述べよう。これは「傑作」以外の何物でもない。問題はむしろこの傑作に、「天才の仕事」に批評は肉薄できるのかということーーそれだけだ。

特撮ヒーロー「だから」できるスラップスティック

 この『ドンブラザーズ』を一言で述べるならそれはとりあえず「特撮ヒーロー「だから」こそできるスラップスティック」ということになるだろう。特撮ヒーロー「なのに」ではなく、「だから」なのだ。平成仮面ライダーシリーズの印象が強い井上だが、実はコメディ作家としての側面がある。とくに「アギト」や「555」と同時期に手掛けていた『ギャラクシーエンジェル』シリーズや『超特急ヒカリアン』などのアニメではナンセンスな笑いを得意としていた。こうした同じようにコメディ色の強い作品と比較しても『ドンブラザーズ』は圧倒的にスラップスティック色が強い。これはつまり、井上はアニメよりも実写(特撮)こそがスラップスティックに向いていると判断していることを意味する(『ドンブラザーズ』のルーツとして挙げられることの多い井上敏樹の初期の代表作『超光戦士シャンゼリオン』も、やはりスラップスティック色が強かった)。これは『ドンブラザーズ』本編を数話観れば誰でも分かることだが、同作では明らかに特撮ヒーローの様式を「利用」して、スラップスティックを構築している。変身というギミック(アバターチェンジとそれに伴う瞬間移動)、各種のSF・ファンタジー的な要素(ヒトツ鬼、脳人、獣人、アノーニその他……)、巨大ロボを用いた戦闘などを「利用して」、通常のテレビドラマでは不可能な展開のスラップスティックを可能にしているのだ。

三谷幸喜と井上敏樹を比較する

 これは同時期に放映されていたNHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』と比較すると分かりやすい。スラップスティック・コメディを得意とする井上に対して三谷はシチュエーション・コメディを得意とする作家(『王様のレストラン』『ラジオの時間』など)だ。その技術が推理劇(というか和製コロンボ)に応用されると『古畑任三郎』になり、歴史劇に応用されると『鎌倉殿の13人』になる。しかし『鎌倉殿の13人』は(前提として素晴らしい作品だが)それでもまだ、大河ドラマの枠内での洗練のために三谷的シット・コムの要素が奉仕している。しかし『ドンブラザーズ』は違う。ところどころ、いや頻繁に井上的スラップスティックのために「特撮ヒーロー」であることが「利用」されているのだ。

 象徴的な(分かりやすい)エピソードを上げるのなら、第40話『キケンなあいのり』だろう。このエピソードでは、犬塚翼(イヌブラザー)と敵勢力の女性(ソノニ)が逃避行を共にする。そして二人の気持ちが接近した結果として、ソノニは翼に嘘を吹き込み、翼の手で彼の恋人(夏美)を間接的に殺害させようとする……というまるで「昼ドラ」のような物語が展開するのだが、その一方でこの40話では高校生メンバー鬼頭はるか(オニシスター)の運転免許取得のエピソードが並行して描かれる。はるかはまったく運転ができず、教習所で次々と暴走事故を起こし大問題になる……というほんとうにしょうもないスラックスティックが展開する。そして、ここからがすごいのだがそれまで並走していたこの2つのまったくテイストの違う物語がクライマックスで合流する。互いをかばいながら逃走を続けていた翼とソノニが敵に追い詰められ、絶体絶命となったとき「偶然」仮免許中のはるかの運転する教習車が暴走し、その敵を跳ね飛ばして二人は救われるのだ。これは、まさに特撮ヒーロー「だから」こそ可能な展開で、この言葉の最高の意味で人を舐め腐った脚本に、僕は心の底から震えたものだった。

『仮面ライダーアギト』から考える

しかし思い返せば「平成仮面ライダー」初期シリーズから井上と東映プロデューサー白倉伸一郎のコンビは常にこのような挑戦的な態度で作品に挑んでいたように思う。

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