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なぜ異世界は、100周目ではなく2周目なのか|井上明人

ゲーム研究者の井上明人さんが、〈遊び〉の原理の追求から〈ゲーム〉という概念の本質を問う『中心をもたない、現象としてのゲームについて』。いまやアジアの共通言語になっている「異世界転生」について考察した前回に続き、さらにそのストーリーテリングの本質を掘り下げます。
日本でのその隆盛の発信源となった「なろう系」の作品傾向で突出する、異世界で「2周目」の人生をやりたい放題に生きるという物語。たとえば2000年代には同じ人生を何十、何百周もやり直す「ループもの」が流行したのに対し、なぜ圧倒的に「2周目」なのか? ゲーム体験の掘り下げから、その疑問を分析します。

井上明人 中心をもたない、現象としてのゲームについて
番外編 なぜ異世界は、100周目ではなく2周目なのか

やたらと多い「2周目」の転生の物語

 なぜ、異世界はやたらと「2周目」が多いのだろう。
 3周目や、100周目の話も存在はしているが「2周目」を主軸とした話がやたらと多い。『無職転生』『転生したらスライムだった件』などはその筆頭だろう。長い話のどこかに3周目以後の問題が挟み込まれていることがあっても、主軸となるストーリーラインは、現代社会から転生して異世界で2周目をやりたい放題する話である。もしくは、異世界の住人が異世界に転生して、やりたい放題の2周目を生きる。こういった話が多い。
 この傾向は、「小説家になろう」のランキング上位作品につけられた作品内容を示すタグの中身をみてみると確認できる。次に示すのは、上位300作につけられたタグを集計したものだ。(2021年5月5日時点)

1位 異世界転生 97作品 32%
2位 異世界転移 86作品 29%
3位 チート 85作品 28%
3位 異世界 85作品 28%
5位 ファンタジー 78作品 26%
6位 魔法 70作品 23%
7位 男主人公 65作品 22%
8位 冒険 61作品 20%
9位 主人公最強 59作品 20%
10位 書籍化 54作品 18%
11位 ハーレム 47作品 16%
12位 成り上がり 44作品 15%
13位 ハッピーエンド 33作品 11%
13位 ほのぼの 33作品 11%
13位 女主人公 33作品 11%
16位 オリジナル戦記 30作品 10%
17位 恋愛 29作品 10%
18位 転生 28作品 9%
19位 ざまぁ 27作品 9%
20位 悪役令嬢 26作品 9%
20位 日常 26作品 9%
22位 コミカライズ 25作品 8%
22位 ダンジョン 25作品 8%
24位 ラブコメ 24作品 8%
25位 ご都合主義 23作品 8%
25位 剣と魔法 23作品 8%
27位 貴族 22作品 7%
27位 魔王 22作品 7%
29位 学園 21作品 7%
30位 追放 20作品 7%
30位 内政 20作品 7%

 レーティングを示す「R15作品(78%)」、「残酷な描写あり(71%)」を除くと、そのほとんどが2周目を示す「異世界転生」タグは、上位300作品中の三つに一つに見られている。
 より上位の作品になるとその傾向はさらに顕著になり、累計ランキング上位30作品だと、ちょうど半数の15作品に〈異世界転生タグ〉が付けられている。下記は、異世界転生タグの付けられているランキングのトップ作品だ。

〈異世界転生タグの付けられた累計上位30位以内作品〉[1]

・伏瀬『転生したらスライムだった件』
・理不尽な孫の手『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』
・馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』
・ハム男『ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~』
・愛七ひろ『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』
・逢沢大介『陰の実力者になりたくて!』
・Y.A『八男って、それはないでしょう!』
・香月美夜『本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~』
・FUNA『私、能力は平均値でって言ったよね!』
・甘岸久弥『魔導具師ダリヤはうつむかない』
・錬金王『転生して田舎でスローライフをおくりたい』
・ひよこのケーキ『謙虚、堅実をモットーに生きております!』
・沢村治太郎『元・世界1位のサブキャラ育成日記 ~廃プレイヤー、異世界を攻略中!~』
・夜州『転生貴族の異世界冒険録 ~自重を知らない神々の使徒~』
・吉岡剛『賢者の孫』

 ここに挙げたほとんどの異世界転生小説は、その多くが「2周目」の物語だ。これは、男性向けの異世界ハーレム、チート系と言われる作品だけでなく、女性向けの悪役令嬢ものでも、2周目の転生というフォーマットが踏襲されがちである。
 単に、主人公が強いという設定が必要なのであれば、10周目や、50周目の存在のほうが、よほど強いはずである。しかし、なろう小説ではそういった話は多数派ではない。
 よく言われるように、もし、なろう小説が単に「ゲームの想像力をそのまま反映した小説」であるということであれば、20周目の主人公とかが、もう少し登場してもよいはずなのにも関わらずだ。
 なろう小説の外に目を向ければ、同じ人生を何十周もする話は数多くある。比較的物語の文化として近いところにあるライトノベルであれば『オール・ユー・ニード・イズ・キル』[2]しかり、ノベルゲームならば『ひぐらしのなく頃に』(以下『ひぐらし』)しかり。
 人生を何十周もするという世界観がベースになっている話自体は、今どきまったく珍しくない。
(以下、いくつかの『ひぐらし』のネタバレを含む)。
 『ひぐらし』では、物語世界内で他のキャラクターに対して、かなり強い立場の人間として、昭和50年代の雛見沢村を何周もしていることを自覚しているキャラクターが登場する。このキャラクターが『ひぐらし』の世界内において強力な立ち位置を占める理由は、もちろん人生を何十周もしているからにほかならない。同じ事件がおこる昭和58年6月の雛見沢村を何度も何度も見ていれば、雛見沢村で起こりうることに精通するのは当然で、問題を解決するのに一番近い地位にいる立場になることができる。あたりまえである。
 「繰り返される世界で強い立場を得る」ことを、少ない設定で説得的に描くならば、ゼロ年代ノベルゲームで普及したループ式の物語形式を踏襲しても良さそうなのにも関わらず、なろう小説ではそれが踏襲されていない。『ひぐらし』はもちろん「Fate」シリーズ、『月姫』、『CROSS†CHANNEL』『Steins;Gate』など、ゼロ年代にヒットしたノベルゲームだと、ループものは、現在の異世界転生に匹敵するほどによく普及した形式だった。なろう小説のヒット作品でこのループ形式を明確に受け継いでいる作品もある(『Re:ゼロからはじめる異世界生活』)。だが、なろう小説群の中ではあまりメジャーな設定ではない。転生系と同じぐらいか、それ以上に「追放復讐系」「転移・召喚系」もかなりの数を占めているが、この「2周目」フォーマットの興味深い点は、韓国発のなろう系(ウェブトゥーン)でも、中国のなろう系(閲文集団)でも、メジャーな形式として受け入れられているということだ(もちろん、2周目以外のフォーマットもある)。
 主人公が強くなるという点以外に、2周目の転生物語と、ループの物語は何が違うのだろうか。

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