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中華ビジネスの実験場、南シナ海|佐藤翔

国際コンサルタントの佐藤翔さんによる連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場である非正規市場(インフォーマルマーケット)の実態を地域ごとにリポートしながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。
今回は、東南アジアを中心に南シナ海に面した諸国のインフォーマルマーケットを巡ります。正規か非正規かを問わず、いまや世界中の市場に商品が流れ出していく華僑系ネットワークの玄関口でもある南シナ海。インドと中国という2大国に挟まれ、多地域からの文物が入り混じる文化圏に根を張る屋台市のカオスから、様々な社会階層の人々の生き様を追いかけます。

佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち
第8回 中華ビジネスの実験場、南シナ海

南シナ海は中国ビジネスの実験場

 太平洋とインド洋に挟まれた南シナ海。北は中国、南はインドネシアやベトナムといった東南アジアの国々に囲まれています。東南アジアは、中国からの移民の最大の受け入れ先であるとともに、中国とインドという大国に挟まれ、多地域から文化や産業など様々なものを積極的に取り込んできた歴史があります。中国から世界中のあらゆる正規・非正規のマーケットに商品が流れていく玄関口でもあり、中国のフォーマル・インフォーマルなビジネスの実験場ともなっている地域でもあります。

 これまでの回では、大西洋で活躍するレバノン人、インド洋で躍動するパキスタン人について話をしてきました。南シナ海は、名前にシナという言葉が入っているように、華僑と呼ばれる中華系の人々の影響力が極めて大きい地域です。タイやインドネシア、フィリピンなどの国々では、中華系の財閥が様々な産業で重大な影響力を持っていますし、中国企業も海外進出となると、まず東南アジアを念頭に置くところが多いようです。最近は中国で堂々と海賊版を売っていたような商城や、海賊版を制作していた工場は大都市では姿を消し、地下に潜行してきていますが、中国で摘発され、追い出されていった偽物ビジネスの工場の本場は、今やベトナムやタイなど東南アジアに広がってきています。

 ただ、私たちが誤ってはいけないのが、こうした東南アジアで活躍する中国系の人々は必ずしも一枚岩にはなっていない、ということです。広東系のコミュニティと福建系のコミュニティは別々に民族互助団体を持っていることが多いですし、客家系の人々は、広東人とも福建人とも違う独自のアイデンティティを持っています。実際に東南アジアのビジネスを観察すると、必ずしも中国系同士が協力し合っているばかりではなく、むしろ中国系企業の最大のライバルが中国系企業、などとなっていることもあり得るようです。東南アジアにおける中国人の関わりはフォーマル・インフォーマルの双方に及ぶ幅広いものなのです。

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▲スリランカにある、福建省出身者のための商工会議所。

 東南アジアのインフォーマルなビジネスに目を向けると、華僑以外では意外にムスリムが多いことが目につきます。インドネシアは世界一のムスリムの人口を抱える国ですし、マレーシアやブルネイの国教はイスラームです。シンガポール、タイやフィリピンではマイノリティにイスラームが信仰されています。ミャンマーにおけるロヒンギャ・ムスリムは国際社会でも近年よく知られるようになりました。さらに規模は小さくなりますが、ベトナムやカンボジア、ラオスでも少数民族でイスラームを信奉している者がいます。このように東南アジアには結構な数のムスリムがおり、特にフィリピン南部、タイ南部のような地域ではかなりの結束力を持っているようです。彼らが華僑から商品を仕入れ、東南アジアの色々なところで、フォーマルなビジネスが扱いにくい商品を売りさばいている、という構図があるようですね。

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▲フィリピン・マニラに多数あるモバイルアプリのダウンロード屋の様子。

 東南アジアは、中南米やアフリカなどと比べると日本にずっと近いので、日本のマーケッターにとって観察がしやすい地域のはずです。しかし現地へ行くと、都市中心部の立派なショッピングモールやビジネスディストリクトに目を奪われ、インフォーマルセクターがどうなっているのかについては、なかなか目が行かないものです。南シナ海のインフォーマルマーケットというと、本来は中国南部も含まれるのですが、東南アジアだけでもインフォーマルビジネスにまつわる、様々な興味深い話がありますので、今回は中国国内のお話は最小限にとどめたうえで、東南アジアや香港のインフォーマルなビジネスについて、その実態を書いていきます。

中華系のショッピングモールと名もなき屋台市

 東南アジアにおけるインフォーマルマーケットの広がり方についてですが、キプロスのドルドイやウクライナの7kmマーケットのように、国の中に国があるような感じではなく、中国の電脳商城のように、特定のショッピングモールで偽物や怪しい商品が取引されています。私がこれまで行ってきた場所を振り返ってみると、こうしたショッピングモールは中華系の資本が運営していることが多かったです。具体的に名前を挙げると、インドネシアのマンガ・ドゥア、フィリピンのグリーンヒルズ・ショッピングセンター、ベトナムのベンタイン市場のような場所が偽物市場として有名です。

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▲インドネシアの怪しげなショッピングモール。

 東南アジアで特徴的なのは、屋台商売の規模の大きさです。繁盛している商業施設の周りには、必ずと言っていいほど屋台が広がっています。商業施設の近くにあるものは一応商業コミュニティとして一定の統率が取られ、許可も得ているようで、ある程度は秩序があるのですが、それらの屋台のさらに周縁にある屋台は許可など取っている様子がなく、怪しげな商品をいろいろ販売しています。もちろん、この屋台市の層の厚さは東南アジアの中でも国や都市によって異なるのですが、こうした名もなきインフォーマルマーケットとしての屋台市は東南アジア諸国の経済において、重要な存在となっています。

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▲フィリピンのマニラ、商業施設の前に屋台が広がる。

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▲フィリピンのマニラの夜。夜限定の屋台(ナイトマーケット)は東南アジアらしい光景。

 ここでは東南アジア各国のコンテンツ関連のインフォーマルな商売について見ていきます。タイのバンコクは、10年前にはアジアの偽物がよく取り扱われていました。例えば下の写真にある、バンコクにあったゲーム系のインフォーマルマーケットがそうです。川の上に杭を立てて床を敷き、商売をしている辺り、日本で言うと東京・江戸川区にかつてあったヤミ市、小岩ベニスマーケットに似ているところがあるかも知れません。土地の権利がうるさい都市中心部においては、このように川の上でインフォーマルなビジネスが発達するというケースがしばしばあります。逆に言うと、川のそば、ちょっと郊外で交通の便が多少良いところ……とアタリをつけて探しに行ってみると、知られざるインフォーマルマーケットが見つかることがあったりするのが面白いところです。

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▲バンコクにあったゲーム系インフォーマルマーケット。すでに閉鎖されている。

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