インターネットをインフルエンサーの寡占から解放する方法|theLetter・濱本至
YouTuberは「将来なりたい職業」ランキング上位の常連となり、社会的な影響力がどんどん大きくなっている「インフルエンサー」。その台頭の影で、TVや出版・レコード会社などの老舗産業で特定のスキルを発揮しながら活躍する「プロ」の影響力は相対的に弱まり、インターネット空間はインフルエンサーの寡占状況に向かいつつあるようにも思えます。
この不可避にも見える流れに楔を打つ可能性があるのが、昨今注目を浴びはじめている「クリエイターエコノミー」です。果たして、インターネットをインフルエンサーの寡占から解放することは可能なのでしょうか? ジャーナリスト・専門家・作家などの個人向けニュースレター配信サービス「theLetter」を運営する濱本至さんに、事業者としての視点から、試論を展開してもらいました。
インターネットをインフルエンサーの寡占から解放する方法|theLetter・濱本至
2021年6月24日に文春オンラインにて、人気YouTuber31人が緊急事態宣言下にもかかわらず飲酒を伴う大宴会をしていたことが報じられました。
そのニュース後、人気クリエイター「ゆゆうた」氏の以下の発言が私の目に止まりました。
> YouTuberっていうのは、影響力という強い武器を急に持ってしまっただけの素人なんですよ。だから芸能人よりも意識が低いし、たくさん炎上します」と言い、「今回の報道で『YouTuberの格が下がった』とか言われてますけど、そもそもYouTuberってそんなもんなんですよ。子どものなりたい職業ランキング1位というのもおかしいです。もっと過小評価されて然るべきだと思います (https://www.j-cast.com/2021/06/28414755.html?p=all)
しかし現在、そんなYouTuberなどのインフルエンサーたちは一見、インターネットを寡占しているように見えます。上の引用で、素人ではない「プロ」として引き合いに出されている芸能人は、最近YouTubeへ次々に参入しています。しかしながら2021年7月時点でチャンネル登録者数TOP 20を見ると、いわゆるTVが主戦場の芸能人(主戦場“だった”芸能人も含め)のYouTubeチャンネルは一つも見当たりません。24位にようやく「中田敦彦のYouTube大学」がランクインしています。100位まで見てもいわゆる「プロ」である芸能人は5名前後です。
本稿では、インターネットのインフルエンサーの寡占状態が今後どう変わっていくのかについて、最近目にするようになった「クリエイターエコノミー」の話も絡めながら、あくまでニュースレタープラットフォームを運営する事業家の視点から綴っていきたいと思います。
私は、インターネットのインフルエンサーの寡占状態から脱却する兆しとして「クリエイターエコノミー」があると捉えています。まずは「クリエイターエコノミー」についてご紹介し、次にその概念が今回のテーマであるインフルエンサーの寡占にどう影響していくか? ということから話を進めていきます。
クリエイターエコノミーの勃興
昨今は「クリエイターエコノミー」という言葉が世界中で話題です。クリエイターエコノミーは、個人のクリエイターが自身のスキルや個性で収益化する経済圏のことです。
2021年に入ってから、米国を拠点とするクリエイターエコノミーのスタートアップには、少なくとも 20 億ドルの投資が行われています(The Information)。新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で、人々がオンライン販売を余儀なくされ、職種によっては余暇時間が生まれたこともあり、クリエイターエコノミー関連市場は急拡大しています。
(出典:The Creator Economy Market Map - CB Insights)
クリエイターエコノミーには、広告プラットフォームやサブスクリプションを扱うプラットフォーム、ネットショップなど様々なカテゴリがあります(CB Insights)。
新型コロナウイルスの影響でより急激に促進された側面はあるにせよ、なぜ今クリエイターエコノミーなのか? という点を
1. 主戦場の変化
2. ビジネスモデルの変化
3. インターネットインフラの変化
この3点からまずはご説明したいと思います。その後、インターネットのインフルエンサーの寡占状態を変えるために「クリエイターエコノミー」がどう関わってくるのか? について記述します。
1. 主戦場の変化:マスからインターネットへ
ヒカキン氏は、2006年12月に YouTube にチャンネルを開設しました。動画編集やその他のスキルによってプロとして活動していたわけではなく、東京都内のスーパーマーケットに勤務することで生計を立てながらアップロードをし始めた話は非常に有名です。
それから10年が経ち、2017年。インターネットへの広告費はTVや雑誌を抜いてトップとなりました。2019年はインターネットが世界全体でTVの消費時間を上回ると予想されました。広告費のみならず「滞在時間」においてもインターネットが覇権を握ることになります。
(出典:Minutes spent per day with media worldwide - recode)
言わずもがな、書籍、新聞、雑誌、ラジオ、TV などは、インターネット上に主戦場が移ってきています。そして主戦場が移るということは、主力プレイヤーも変わってくるということです。
例えば、音楽産業はこの20年間で大きなビジネスモデル転換がありました。
(出典:IFPI issues Global Music Report 2021)
2003年にAppleによってローンチされたiTunes Store により、音楽はCDからダウンロード販売に。さらに2006年にスウェーデンでSpotifyが始動し、ダウンロードからストリーミングへと音楽市場は変化しました。上図の赤色のグラフがCDやレコードの市場規模です。緑がダウンロード、青がストリーミングです。20年前とはマーケットにいる主流プレイヤーがまるっきり入れ替わってしまったことがわかります(IFPI 2021)。
もともとはCDの販売店やレコード会社にお金が落ちていたところが、ストリーミング配信サービスというIT企業に多くのシェアを取られるかたちとなっています。例えばSpotifyは、広告と直接課金で得た収益の3分の1を取り分としています。
ビジネスモデルや産業構造が変わるとキーパーソンも変化します。これまでアーティストはデビューするためにレコード会社のプロデューサーにデモテープを送っていました。レコード会社の人間に認められない限りはデビューのしようがなかったからです。ところがストリーミング時代においてはSpotifyなどのプレイリストやリアクション動画が人を集めるようになり、それらを運営する「キュレーター」が楽曲の送り先の一つとなっています。プレイリストの作成者や楽曲紹介をするYouTuber、ゲームストリーマーなどに直接音源を送るためのセールスツールまであったりします(SubmitHub)。
このような主要プレイヤー・キーパーソンの変化は、クリエイターエコノミー上に新たな職業(上の例だと「キュレーター」)を生み出す機会となります。
2. ビジネスモデルの変化:広告から直接課金へ
人々のインターネット上の滞在時間が伸びるにつれ、「広告」での収益化のメインステージは、インターネット上に移っていくことになります。インターネットでは「広告在庫」が増えるにつれ、どんどん「広告単価」が安くなります。
インターネット広告は、平均単価がカテゴリごとに大きく異なることもあり、単価が安くなってきていることは一見分かりづらいです。一方で、ヤフーニュースや ITmedia、文春オンライン等多くの有名媒体が毎年最高 PV 数を更新していることから、テキストメディアの主流である「ディスプレイ広告市場」はどんどん成長しているように思えます。
(日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析 | 電通 2017,2019, 2020 より著者作成)
ところが、ディスプレイ広告市場は思ったより成長していません。上図は電通が毎年発表する「日本の広告費」のデータから、インターネット広告のうちディスプレイ広告が占める割合を私がグラフにしたものです。インターネットの広告費全体が成長しているため、ディスプレイ広告も成長していると思いきや、ディスプレイ広告が占める割合は近年停滞傾向にあります。とくに 2018→2019 年は5,638億円→5,544 億円と数値的にもマイナス成長となりました。このことから、広告単価が思うように上がっていないことが想像できます。
さらにインターネット広告で非常に重要な「データトラッキング」についても潮目が変わりました。プライバシー保護の観点からAppleは2020年にSafariにおけるサードパーティ Cookieを廃止しました。サードパーティCookieはユーザー行動をトラッキングでき、適切(と思われる)広告を表示するために重宝するデータです。GoogleのChromeブラウザにおいても、2023年にサードパーティCookieを完全廃止する方向で舵を切られています。
そして、Appleはブラウザだけでなく、iOSアプリ全体においてもプライバシー保護を強めています。iOS 14.5のアップデートにより、アプリでの広告IDの共有をユーザーに許可を求める仕様に変更されました。その許可を求めるポップアップも「xx社のAppやWebサイトを横断してあなたのアクティビティを追跡することを許可しますか?」となっており、この聞き方では「許可」を選ぶ人も少ないのではないでしょうか。これで広告プロバイダはアプリやウェブサイトを横断してユーザーを追跡しにくくなり、効果的な広告を出しにくくなります。
ただでさえインターネット広告ビジネスは GoogleやSNSのアルゴリズム変更一つで売上に大きく影響を受ける不安定なビジネスモデルであった上に、各社のプライバシー保護観点の仕様変更まで重なったことで、多くのインターネット事業者は直接課金モデルへのシフトを真剣に考えざるを得なくなっています。
ただ、直接課金モデルは大きな組織よりも個人やスモールチームの方が向いているビジネスモデルかもしれません。
大きな組織で収益化していこうと思うと、有料課金者が10万人は必要になってくるでしょう。10万人もの人々がお金を払うというのは、「政治」や「経済」などのそこそこ大きなカテゴリでしか難しいでしょう。
一方で個人クリエイターは、数百人から1,000人の有料課金者がいれば、平均的なサラリーマン以上に収入を得ることが可能です。「政治」や「経済」のような大きな限られたカテゴリだけでなく、「国会答弁の分析」「米国株の決算分析」「魚のさばき方」などのニッチなカテゴリだったとしても、活動が継続できるだけの十分な収益化をすることができるのです。
そして SNSやYouTubeなどのアルゴリズムによって、簡単にコンテンツを無料で広げられます。
2010年代のインフルエンサーは、とにかくフォロワーを増やすという目的で発信し、コンテンツと交換で「影響力」を受け取っていました。SNSは広告モデルなので、PVを稼いでくれる=アテンションを取れるコンテンツやアカウントが評価されるプラットフォームでした。フォロワーが多いインフルエンサーは、個人でPR案件を受けたり、Google AdSense などのネットワーク広告から収益を上げることができました。
そしていよいよ2020年代は、自身のオーディエンスから直接収益を上げられる直接課金が主流になるかもしれません。この流れも、クリエイターエコノミーにおいて多くのニッチカテゴリが生存できるようになる素地になり得ると考えています。
3. インターネットインフラの変化:集客の民主化とサブスクリプションによるレバレッジ
なぜ今クリエイターエコノミーなのか? を考えるためのポイント3点目は、インターネットが成長したことで、ネット上のインフラが整備されてきたということです。
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