男と酒器2|井上敏樹
平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。贋作を買わされたという友人の体験談から、こだわりのお酒の注ぎ方まで、前回に引き続き骨董にまつわる敏樹先生のエピソードが語られます。
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脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第68回
男 と 酒 器 2 井上敏樹
私の友人にKという骨董好きがいる。私同様、酒器を中心に蒐集しているのだが、大きな狐に憑かれている。狐に憑かれる、とは物に執するあまり頭が変になる状態を言う。恋愛と同じだ。私もKもお互いに相手が唯一の骨董仲間であり、なんとか相手を出し抜き佳品珍品を手に入れようと骨董屋通いに余念がない。
そのKがやってしまった。贋物を掴まされたのである。しかも相手は確信犯。タチが悪い。その日、ちょっとした用事のついでにその店に立ち寄ったKだったが、ズラリと陳列された骨董の品々を見て完全にイッてしまった。マニアなら喉から手が出るような物ばかりである。しかも信じられないほど安い。後になって私もKが購入した品を見せて貰ったが、なかなかよく出来ている。とは言え、勉強家のKは骨董歴は短いが、それなりの知識もあり、普段なら騙されるようなレベルではない。Kの目を曇らせたのはやはり欲だ。狐に憑かれたKは大恋愛の真っ最中なのだ。まさにアバタもエクボ、相手が悪女であろうと魔女であろうと惚れてしまったら天使にも見える。Kは店を出て走った。銀行で金を降ろすためである。そうして大枚叩いて粉引きの筒盃、粉引きの徳利、唐津のぐい飲みを購入した。
だが、手に入れた途端、Kの脳裏に疑惑が湧いた。本物なら全部で1000万はする品々である。それを100万以下で入手できるものだろうか。自分の物にした瞬間、見えて来る物があるというのが骨董の不思議で、ここら当たりも恋愛に似ている、と言えるかもしれない。いてもたってもいられずKはタクシーで行き着けの骨董店に向かった。業界でも目利きで通っているその店主は『全て偽物です』とにべもない。さて、この場合、即座に贋物店に取って返し『この野郎、騙しやがって! 金返せ!』と怒鳴り込むのが普通の感覚かもしれないが、多くの場合、骨董好きはそうはしない。騙される方が悪いと言う暗黙のルールが業界にはあって被害者は勉強代として黙するのである。『しかし、見事に騙されたものだな』後日、Kが買った贋物披露会で私は一杯飲みながらそう言った。同情はしない。せせら笑うのが礼儀だ。しかも、その頃のKは親しい骨董屋に『少しは目が利くようになったようだが、その頃が一番危ない』と言われており、まさにドンピシャだったのだ。笑うしかない。
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