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堤幸彦(7)『TRICK』小ネタ消費とカルト批判 | 成馬零一

ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。『池袋ウエストゲートパーク』『ケイゾク』を経て、映像作家としての全盛期を迎えた堤幸彦。その次に手がけたのが、カルト批判をテーマにしたミステリードラマ『TRICK』ですが、その結末には、フィクションの衰弱と自己啓発の時代の到来が刻印されていました。

テレビドラマクロニクル(1995→2010)
堤幸彦(7)『TRICK』小ネタ消費とカルト批判 成馬零一

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ドラマ評論家・成馬零一 最新刊『テレビドラマクロニクル 1990→2020』
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 2000年春クール(4~6月)に『池袋ウエストゲートパーク』(以下『池袋』、TBS系)の放送を終えた堤幸彦は、休むことなく夏(7~10月)クールに連続ドラマ『TRICK』(テレビ朝日系)を金曜ナイトドラマ枠(23時9分~0時4分)で手がけることになる。

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▲『TRICK

 堤は作品数の多い映像作家だが、2000年は『ケイゾク/映画Beautiful Dreamer』『池袋』『TRICK』と立て続けに発表していたことになる。どの作品も堤にとっては代表作といえるもので、この年に堤のスタイルが完成したと言えるだろう。

『TRICK』は、売れないマジシャンの山田奈緒子(仲間由紀恵)と物理学者の上田次郎(阿部寛)が、超能力者や霊能力者が起こす超常現象のインチキ(トリック)を暴いていくというミステリードラマだ。
『金田一少年の事件簿』(以下『金田一』日本テレビ系)、『ケイゾク』(TBS系)と続いてきた堤幸彦のミステリードラマ路線の延長にあるものだが、同時に今まで積み上げてきたことの集大成だといえる。

 ドラマシリーズが三作、スペシャルドラマが三作、映画版が四作、スピンオフドラマ『警部補 矢部謙三』が二作も作られた『TRICK』は、断続的に2014年まで制作されたロングヒットシリーズである。
 本作の成功によって映像作家としての堤幸彦のキャリアは決定的なものとなったと言っても過言ではないだろう。それは他の関係者にとっても同様だ。

『金田一』や『ケイゾク』では、裏方として関わってきた蒔田光治は、本作ではメインの脚本家としてクレジットされている。本作以降、蒔田は脚本家兼プロデューサーという立ち位置を確立し、『富豪刑事』や『パズル』(ともにテレビ朝日系)といった作品を手がけるようになっていく。つまり『TRICK』の成功によって、堤が作り上げてきたミステリードラマのスタイルは拡散していき、一つのジャンルとしてテレビドラマに完全に定着するようになるのだ。
 今では多くのドラマや映画を手がけているオフィスクレッシェンドの木村ひさしと大根仁も演出家としてクレジットされている。『TRICK』が、堤だけでなく、オフィスクレッシェンドという制作会社にとっても大きな転機となったことがよくわかる。

 オフィスクレッシェンドの代表・長坂信人が執筆した『素人力 エンタメビジネスのトリック?!』(光文社新書)は、自社を立ち上げたきっかけや、手がけた映像作品にまつわる秘話がまとめられたものだ。本書の冒頭で長坂は、『TRICK』の制作費が持ち出しとなってしまい、3000万円の大赤字を出したことを告白している。
 オムニバス形式(1エピソード1~3話)でその都度、オールロケで撮影を行なっていたため、予算が大幅にオーバーしたのだ。
会社は大打撃を受けて危機的状況に追い込まれた。
 責任を感じた堤は監督としての印税をオフィスクレッシェンドに全額譲渡。その後、DVD-BOXが売れ、オリジナル企画として『TRICK』に可能性を感じた長坂はシーズン2を制作することを決断、実家の駐車場を抵当に入れて制作費を捻出したという。
 本書に収録された長坂との対談で堤は、「失敗していたら今ごろうらぶれて、地元テレビ局の下請けをやってると思います」と語っているが、様々な困難を乗り越えて『TRICK』を作り続けたからこそ、今の堤とオフィスクレッシェンドはあるのだと言えるだろう。

コントバラエティとしての『TRICK』

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